かきもの | ナノ


「きみ、もっとずっと身体を大事にするべきですよ」、何時ものとおりやや余裕を持たせた声を以てして言いました。運動していて傷をつくるなと言うのが無茶苦茶なこと位知っています。だけれどぼくは、敢えて念を押すように言って聞かせました。虎太くんはぼんやりしながら……時々消毒液の刺激に顔をしかめて……うん、うん、と頷きました。解っているんだかどうかも判別し難い表情の変化をじっと見ていると何だか面白くなり「どうだかね」などと揚げ足をとったりしていたのですが、そんなとき、声を上げる暇もないほど自然な速やかさで、隠していたぼくの気味悪い憂いが膨らんで首をもたげてきたのでした。思わず息を詰まらせたことに気がついたらしい虎太くんは(彼はこんなときばっかり厭に賢くなるんです)ぼくの名前を呼んで、意識がはっきりこちらへ向いているか確かめようとしました。

「竜持」
「ああ、ああ……だいじょうぶ……考え事です」

笑っては見せましたが水面下で焦燥は募ってゆきます。本心を見透かされるのは何よりおそろしく、愚かしいことでした。滲む血はぼくと同じである事実を眠りを妨げるほど強く意識し出した日がまざまざと思い出されます。元来体内を循環し決して姿を現さないでしょう痛ましく貴い液体をどうしても目にしたくはありませんでした。それは同じものに対する単なる嫌悪感だったのだろうか、いいえ寧ろ、まったく反対の感情であったのです。けれども今、ぼくはその血を目前にしてひどく狼狽しています。あれは虎太くんの血でした。何も知らない虎太くんの……途端、大人の疎むぼくの性質が異なった響きを伴って遂に外に表れてしまったのです。
爛れた肌の表面をこの舌で舐めたらどうだ、鉄分の醜い味を転がしたらどうだ、引き結んだまま動かない口元を歪ましてやったらどうだ、という……サディスト、若しくは一卵性に於けるマゾヒスト的嗜好で……

「虎太くん、だから何度も言いますけど、たかがこんなものの出血だ……なんて、侮るものじゃありませんよ。どんなに怖い目に遭うかなんて、誰にも分かったもんじゃないんですからね……ね……」

虎太くんはまた上の空で、うん、うん、と白痴っぽく頷きました。このまま彼がうつくしいばかりで頭のよくない子になってくれたら好いのだがなあと思って、ぼくはまた愛想笑いを浮かべています。







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