かきもの | ナノ



「お兄ちゃんはお仕事です」
「解ってるよ」
はじめ気づかなかったが、相変わらずの無精髭が目についたので全を知った。逞しい腕は子どものときの印象そのまま、どことなく父性の滲む人だ。
「二階堂監督」
「元監督、だね」
「お兄ちゃんにとっては今も、です」
携帯電話をバッグにしまう。服装、もすこし何とかすればいいのに。十年は大人には大して響かないのかもしれない。
「わたしにお話し訊いたって、だめ」
「豪炎寺は、」
「お兄ちゃんは正しいことをしたいの、それだけ」
困ったね、と彼は笑って呟いた。甘く見てるわけではなかった。懐かしむようにわたしの目を覗いている。性別違えど顔立ちが同じなのは承知していた。
「はは……兄妹は似るなあ」
「どんなところが?」
「一度腹を決めると融通が利かないね、きみも」
わたしにまったく興味がないようで信号先のスポーツショップを眺めはじめた。お兄ちゃんを気にかけている、のは解る。
(とらないでよ)
この人は知りたがるくせ、心を読ませないずるい人だ。
「お兄ちゃんのこと」
「ん?」
「今、どう思ってますか」
ぶっきらぼうに問いかける。聴かせてやりたいと思った、悪い結果ならば。がっかりしたらわたしの勝ちだと、それでいい。彼は意表を突かれたようにして次の瞬間には思案している。交差点は赤信号だった。それが青に変わるところで、二階堂監督は息を吐いた。
「……浅ましいだろ、」
静止したかに思えた……轟々とざわめきが戻る。彼はそのときだけ心を許した。見せてくれた胸中はわたしの欲しかったものがいっぱい詰まって、いまだ褪せないで息づいている。女らしい感情がわたしの中で一気に育ち、花を咲かせないまま枯れていった。
「いいえ」
「だって十年だぞ」
「お兄ちゃん、喜びます」
絶対と言わないのが最後の牙だった。この人にはいつまでも勝てないのだ。AブロックBブロックの違い、隔たりの中で戦うことがそもそも間違っている。やはり十年は大人の前では何も変わらない。羨ましいなどと思った。わたしは変わっていく。愛しい兄は変わって、止まった。
「きみは、もしかして」
なるべくドライに頷いた。目の前で歓喜しようとしない、案外気の利く人だった。息が白かった、もうすぐ春だ。わたしがもう女になったことを、お兄ちゃんだけが知らない。






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