ねためも | ナノ


神霊狩



夕暮れはおそろしい。長く伸びた影が、赤々とした陽の色が、濃く、濃く、ひとごろしの記憶を彷彿とさせるからである。蟻の背負う影すら身体を大きく見せるのに、なんと弱いのだろうか?
(きもちわる、はきそ)
心臓のありかが判ってしまいそうだった。匡幸の影は細く長く伸びる。その面積など変える勇気もなく、陽の向きに応じて伸びる。急ぎ足で俯いて歩いた。影の先に誰か立っているかもしれない、視線を上げるのが怖かった。影踏まれたら、動けないんだ。小さな頃加わった鬼ごっこは残酷だ。鬼は人を喰らうか殺すか。
「おい」
影をにじるように踏んだ声が迷惑そうに投げかけられた。匡幸は息をのんだまましばらく黙っていた。
(動けないんだ、動けないんだ、鬼って誰だっけ、鬼、あのとき殺した、)
「聞こえねえのか」
「……聞こえてる、けど」
「前見て歩け」
おずおずと上げられた目に色白の首筋が映った。パーカーのポケットに両手を突っこんで歩く人はむしろ神を祀る血を引くらしい子だ。
「鬼じゃねえし……狼、っつか」
「鬼っちなんね」
「や、べっつに」
睨む目は鬼すら逃げよう、わずかに歩み寄ったことに信は気づかなかったようだった。高い背から見える影はいかに赤々とするのだろう。あのときフェンス越しに覗く表情など見えなかったのに、今は当たり前のように彼の顔が見える。
「信さ、影どんくらい伸びる?」
「は」
「太陽の加減とかあるじゃん」
「知らねえよ……」
信は不機嫌そうに眉をひそめた後、ちらりと匡幸の表情を覗きこんだ。新緑の瞳は伏せがちで見えないが、迷うように逸らされているらしかった。
「……俺ン影は、なんも変わらん……いっぺん死んだごたる身体、だし」
「それってなんで」
「うるせ」
ひとごろしに対して、それぞれ俺たちどんな考えをしてるんだろうかと匡幸は思った。今の信は?手のひら翳せば五本の指が形になるというのに、爪の鋭さこそ見えずとも、信はやはりここでしっかりと息をする人間だった。陽が傾き空は陰ってゆく。ふたりを地面に留めていた足跡は今度こそ闇に融けてしまった。





120719 からすの流る




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