ねためも | ナノ


神霊狩



盗み見た寝顔は素直なものでギターを鳴らす指の細さよりも目を惹くのは恍惚に近い頬紅の差した表情、大神信を愛するなら瞑目の姿だった。はじめは憧憬だったものが、今では次第に衝動に変わりゆく。開いた斜視の目などいらない!衝動が頂点に達したそのとき、ぐいと力を込めた手はおぞましいほど震えていた。みっともなく空気を求めた信の唇が弱々しく開いては閉じていた。抗議のために喉が鳴る。(例えばセックスって、こんなふうなのかなと考えが掠める。)匡幸も、信も、同じだけ怯えていた。「ああ……」と声をあげて、逃げるように手を離した頃には、信の喉はもう鳴らなかった。
目は想像に反して虚ろに開いている。光が消えてゆくのを呆然として見つめていた。どうしたら、どうしたら?腐るのかな?腐っていくのは嫌だ……ゆるやかに開かれた信の瞼を手のひらで閉ざしながら、匡幸の思考はやけにぼんやりとしている。目の前で横たわる、こちらもしどけなく開いた口角から得体も知れない液体が伝っているのを目にした。
(……俺はひとを殺した!あの日とは違う、自分の手で殺した?殺したんだ!)
突如として明確になった意識に耐えられず匡幸は口元を押さえた。
(隠さなければ、隠さなければ、誰にも見つからないところ、ふたりきりに、ならなければ、秘密を共有して、共有して、ひとつでいい、)
彼は深呼吸して投げ出された脚を一瞥する。ジーンズに包まれたそれはきっと白いのだろうなあとふと思う、もしかすると閉じられた瞼と同じように白いかもしれない……歪んだ思春期の震える手が再び信へ向けられた。ファスナーを下ろす手が覚束ない。見かけよりずっとゆったりしたジーンズは膝まで引っ張られ、やわらかな曲線が露わになる。は、と息を漏らした匡幸が唇を噛んだ。恐怖と緊張と欲情とで彼の胸はどうかしたように速く鼓動していた。
「ま、まこと」
息を吐き出すように名を呼んでも、まったくいつもどおりに返事はなかった。なあんだ、なあんだ、なんにも変わらないな……内腿に口元を寄せ鋭く噛みついたところで悲鳴ひとつ上がらないのだ。なにも怖いことなどないと鼓舞するような声が高鳴る胸中で反響している。
「なんでだろ、こんなもんなのかな、あっけないな、」
言いながらしばらく象牙の色した冷たい肌に頬をあてては卑しさに泣きそうになる。垣間見た父親の性癖が少なからずこの血に遺伝していることを噛みしめていた。まっとうに愛せずともあれは本物だったのかもしれないと思った。
匡幸はもう一度深く息を吸った。瞑目した死体は美しいがしかし青白く、頬紅のかけらも見当たらなかった。頬紅のために暖かな色が必要だ。暖かみのある光は白熱灯……白熱灯をたくさん、それと、何よりはやく用意しなければならないものがある!共有のための道具をひとつふたつ、銀の、レストランにあるようなのがいい。さっき噛みついた肌はひどくやわらかくて甘い匂いがした。あれが腐りゆく前にどうあってもしておきたいことがある。
ヴァーチャルリアリティだ、匡幸は何度となく言い聞かせる。手の中で震えていた喉の感触が忘れられなくたって、抱えた右脚の重さが忘れられなくたって、どうせ、どうせ、だから大丈夫だ、隠さなくちゃあだめになるんだ。目を閉じればその分覚醒しそうで、匡幸は必死になってヴァーチャルを睨んでいた。信は、目を閉じたままの信はこの腕のなかで、どれほど明らかな覚醒をしているのだか彼には分からなかった。



120716 フルコースをひとりぶん




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