ねためも | ナノ


(日記ログ)
「お前にだったら、背中を任せられるよ」と神童は言った。俺たちはぴったりと背をあわせたまま、互いの鼓動を感じとっている、呼吸器のうごめき。神童の肺のうごめき。それは神童の骨のきしみ。
「霧野なら、」
神童はまた満足そうな声をあげた。だがしっかりとした芯のあるその声だけで、俺をまっすぐに見つめる信頼しきった目を見られない。それは悲しいことだ、苦しいことだ。それは水責めに似た、そして俺は次々、臓器を透明にふさがれてゆく。
(これじゃあ俺たちどうしたって、正反対の方向しか見られないんだよ、何もない、こっちにはなにもないよ神童)
彼は無意識に残酷を売り、俺は甘んじて彼のくれるものを受けとめる。




(日記ログ)
霧は空気より軽いのであんなふうに浮かぶ。しかし俺は霧野に触れている、掴めどすり抜けるその身体はだが確かに、俺の腕の中をしとどに濡らすのである。
「雲にはなれないよ、人を惑わすだけ」
霧野はシニカルに笑った。碧眼はまるで晴天を連想させるのに人に伍することしかできないというのは、さぞやもどかしいだろうと思った。
「だが……朝靄はきれいだ」
今度お前のために曲を作ろう、ヨーロッパの朝靄をテーマに。深い森林に佇む霧では華やかさが足りない!俺がそう言うと、なに、神童は大げさな芸術家だよと霧野の口もとがやけに幼く微笑した。




(ここからはパロディのお時間です、霧野は森に住む妖精さんなので大人になりません、そのことを内緒にして神童と仲良くなりますが、神童が自立するにつれ彼はひとりになってゆきます。そんなおはなし)

(神童)
あ、と霧野が声をあげたので俺は振り返った。真昼の日射しで桃色の髪がきらきらと輝いている。昔から霧野はなにひとつ変わらないように思える、思い起こせば幼なじみのくせに写真など撮ったことは一度もない。どうした、と問うと、「神童、星がおちたよ」と言った。空を見上げると太陽は光を放って己の実体を見せることを許さない、そもそも白昼の星なんて!
俺が呆れた顔をすると霧野は馬鹿なことを言ったなあと遠くを見て笑った。以前より霧野の言わんとすることが理解しがたくなった気がした、それこそ遠くにいるような、そう伝えると彼の笑みはふと憂えたものに変わったように見えたが錯覚、俺の背をとんと叩く。
「大丈夫、神童はその代わり、たくさんのものが見えてる」
もう昔のお前じゃあないだろと快活な声、昔ほど悲観的にはならなかった、昔ほど霧野に泣きつくこともなかった。そうだな、今まで迷惑かけたなと礼をすると、彼は言葉に詰まったか、がんばれよとだけ呟いた。




(霧野)
流れるものは旋律、留まるものは霧だと自負していた。昔のように水辺で戯れるも神童はもう来ないと解っている、記録媒体、ポートレートを嫌う自分を彼は如何と思ったろうか。良く泣くひとだった、涙すら流れるというのになぜ、見送るばかりの自分はかなしくそばに寄り添うのみなのか?留まるふりをしてその指はメロディーを奏でては軽やかに舞った……水辺を離れる、伝う水滴を毛皮として自らを誇張する、実体を持てないもの。






120106 神童と霧野のはなし




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