「いやぁ、ほんっとありがとうな一方通行!上条さん1人ではどうにもなりませんでしたよー」
「ッたくよォ…ンで俺がこンなことしなきゃなンねェンだ、面倒臭ェ」

マジ助かった!と笑う上条に、一方通行は舌打ちをかます。深い意味はなく、彼にとっては挨拶代わりのようなものなので上条も特に気にすることはない。杖を付いている一方通行に合わせた遅めの歩調のまま、足を進める。

向かっているのは上条宅であるアパートで、隣で出不精な友人が歩いているのは「数学と化学を教えてくださいお願いします一方通行様ぁッ!!」と上条が30分土下座を続けた努力の賜物である。勿論無償ではなく、コーヒー10本の代償付きではあるが、それでもそれで学園都市最強の頭脳を貸してもらえるなら安いものだ。

しかし寒い中引っ張っり出されたせいで不機嫌らしい一方通行は、白いコートの襟元に顔を埋めながら悪態をつく。

「補習のプリントが終わんねェとか、馬っ鹿じゃねェのか」
「うっ…、それを言われると返す言葉がありませんのよ…」
「おまけにこンのクソ寒い中に連れ出しやがって」
「だーかーらあああ、ごめんってばあああ!頼れんのお前しかいねーんだもん!」
「…チッ、まァいい。さっさと終わらせンぞ」
「…お手柔らかにお願いしませう」
「死ぬ気でやれ。俺はスパルタだからなァ」
「…不幸だー……あ、着いたぞ」

喋っている間にいつの間にかアパートの前まで着いていたらしい。一方通行はアパートを見上げて「相変わらずボロッちィなァ」と一言余計な感想を述べると、さっさとエントランスホールに足を進め、上条もそれに続いた。

エレベーターを降りると、上条はごそごそとポケットの中に突っ込んであるはずの鍵を探す。

「とりあえず入ってくれよ。多分部屋は暖かいし。………あ、れ?」
「…どうした」

突然変わった上条の声色に、一方通行が訝しげな顔を向ける。上条はしばらく鞄を漁ってみたりポケットをひっくり返したりしていたが、

「………鍵が、ない」

絶望の二文字がでかでかと書かれた表情で告白した。
その言葉に、一方通行の顔に青筋が入る。

「…死にてェか?」
「いや、ちょっと待って!大丈夫だから!中にインデックスがいるから!だからチョーカーに手を伸ばさないでえええ!」

おそらく家を出る前に鍵を取るのを忘れたのだろう。このままでは自宅のドアを壊されかねない、と本能的に察した上条は、不幸を嘆くこともせずに必死でチャイムを高速連打する。どうかインデックスがアニメに夢中で気が付かないなんてことがありませんように!と願いながらドア越しに、まるで殺人犯に追われているかのように切迫した声でインデックスを呼ぶ。
幸いインデックスはすぐに気付いた(というか気づかない方がおかしい)のか、トタトタという足音が聞こえてきて、ドアが勢いよく開け放たれた。真正面にいた上条は鼻にドアがクリーンヒットする。「ぐはぁっ!」と潰された蛙のような声を出して上条がその場に踞るのと同時に、ドアの隙間から銀髪碧眼シスターさんがひょっこりと顔をのぞかせた。

「もーとうま!そんなにチャイム押したらびっくりする…って、あー!あくせられーただ!」

痛みに悶絶する上条をスルーして、インデックスは一方通行の腹あたりに抱きつく。一方通行は突然の衝撃に多少バランスを崩しかけたが、なんとか持ちこたえると、同居人の少女にするのと同じように、彼女の頭を軽く撫でた。

「…よォ、元気にしてたか?」
「うん!あくせられーたはどうしたの?遊びに来たの?」
「っつーか、三下の勉強を見になァ」
「そっか!とうまが馬鹿なせいでごめんね」
「全くだァ」
「…ちょっとお二方、それは酷くありませんこと?」

いつの間にか痛みから復活したらしい上条が会話に混ざる。鼻がまだ赤いのを見ると、そうとう強くぶつけたようだ。

「っていうかインデックス。一方通行は杖ついてんだからそんなに勢いよく抱きつくなよ。危ないだろ?」
「うー…、ごめんなさいなんだよ…」
「別に気にすンな。こンくらい平気だっつゥの」
「あくせられーたは優しいね!とうまと違って!」
「当たり前だろ」
「そんなに俺を苛めて楽しいかお前ら!」
「うるせェよ」

とりあえず一旦インデックスを腹から引き剥がすと、そこで一方通行は彼女がいつもの修道服に加えて、白いマフラーを巻いているのに気がついた。どこかに出掛けるのか?と一方通行が首を傾げると、視線に気がついたインデックスがにぱっと笑って、

「これからとうまの代わりに"おつかい"に行くんだよ!」
「おつかい?」
「うん!あ、とりあえず寒いから中にどうぞなんだよ!」
「オゥ、サンキュ」

インデックスの言葉に従って、一方通行は中に足を踏み入れる。それを見た上条は一方通行から杖を受け取ると、彼がバランスを崩さないように肩を貸した。

「ほら」
「ン、」

一方通行も抵抗なく上条の肩に捕まると、靴を脱いで室内へと上がる。暖房が効いている室内は暖かく快適だ。

「んじゃあインデックス、頼んでたヤツお願いな。ちゃんと覚えてるか?」

杖を一方通行に返しながら、上条はインデックスの方を向く。

「勿論なんだよ!えのきと椎茸と春菊とポン酢。あとお一人様限定の卵パックだよね!」
「ん、正解。じゃあ気をつけてな。余計な物は買ってくるなよー」
「分かってるんだよ!あ、じゃああくせられーた、また後でね!」

いってきます、と靴を履いて出ていったインデックスを見送る。頭にスフィンクスを乗っけたままであることを思い出しながら、スーパーって猫入れんのかな、と上条がちょっとだけ心配していると、

「…買い出しか?」
「そ。普段だったら俺が行くんだけどな。今日はプリントやんなきゃだからインデックスに頼んだんだ。今日の上条さん宅の晩御飯は鍋なんですのよー」

自宅から大量の白菜が届いたからな、と上条は部屋の隅を指差した。一方通行も何度も来たことがある、適度に散らかった部屋。視線を隅にやると、そこには確かにダンボール2箱が鎮座していた。

「あ、一方通行も食ってくか?鍋は人数多い方が楽しいし、インデックスもお前がいたほうが嬉しいだろうし」
「……肉は」
「…えっと…一応、鶏肉団子をちょっと作ろうかとは思ってますが…」
「却下」

ずばっと切り捨てられ、上条は「んなぁっ!?」と声をあげる。

「なんでたよ!一方通行好きだろ?鶏肉!」
「お前の言うちょっとは雀の涙以下じゃねェかよ。ウサギじゃあるめェし、草ばっか食ってられるか。肉を買え肉を」
「白菜を馬鹿にすんなよ!白菜はなぁっ、安くてボリュームがあって調理も簡単って三拍子が揃ってんだぞ!」
「既に思考が貧乏人じねェか」
「そうだよ!っていうか上条さんちには肉を買う余裕なんてねーよ!ただでさえインデックスが来てから家計が火の車なのにそんなことしたら爆発するわ!」

ぜぇーはぁー、と長いツッコミをして息切れをおこす上条を尻目に、一方通行は少しだけ悩むように黙ると、

「分かった、肉の金は俺が出してやンよ」
「…え、マジ?」
「俺も食うなら当然だろ」

突然の申し出に、ポカンとした表情で上条を一方通行を見つめる。それは財政難な上条宅にとってはとても有難い話なのだが、友人にお金を出させるのはなんだか気がひけて、どうしようかなあと唸る。一方通行が意外と鍋に乗り気であることは気がついていない。

「ハァ…、」

こういうところは妙に律儀な友人に、一方通行は溜め息を吐く。別に夕飯代を出すくらい自分にとってはなんてことはないのだが。何を躊躇う必要があるのだろう。

「俺がイイって言ってンだからイイじゃねェか」
「うーん…でも課題あるしなぁ…。終わる頃には、スーパー閉まってるだろ」

おそらくスーパーに行ってからでは課題は間に合わないだろう。内容はともあれ、担任直直に渡されたプリントは結構な量がある。
しかし一方通行はなんてことないといった表情で、

「終わらせろ」
「いや無理言うなよ!お前も知ってるだろうけど、上条さんはそんなに頭は良くないんだよ!」
「ンなこたァ分かってる。俺も手伝ってやるよ。そンでベクトル操作すりゃァ、スーパーなンざすぐ着くだろ」
「そんなことで能力使うな!」
「つべこべうっせェよ三下。この学園都市第1位様が手伝ってやるっつってンだから有り難く思いやがれ」

その代わり、と一方通行がニヤリと凶悪な笑みを浮かべる。それを見た上条の背筋にぞくりとした何かがかけ上がった。
人はこれをデジャビュというのだ。初めて会った時、路地裏の不良どもをまとめて叩き潰していたときに、上条はその表情を見ていた。日頃の不幸によって研ぎ澄まされた上条の危機察知能力が告げていた。
―――ヤバい、と。

「――1つ間違う度に身体の穴が1個増えるから、気ィ締めてやれよ?」
「ふっ…不幸だあああああ!」



食卓は戦場です


(でも、さんきゅーな)
(…勘違いすンな。全ては肉の為だ)







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