ぴぴぴ、と軽快な音を立ててタイマーが鳴る。どうせ同じ3分をはかるなら砂時計を使えばいいのに、なんて思いながら垣根は目の前で湯気を立てている赤いパッケージのインスタント食品を眺める。重し代わりにおいていた雑誌を取ると湯気のせいで少しだけページが湿気ていた。盲点だった、と舌打ちを打つ。結構気に入ってたのに。
「ばかじゃねェの」
「うっせ」
向かいに座る一方通行のタイマーも、追いかけるように電子音を鳴らす。どうやら一方通行は雑誌ではなくテレビのリモコンを置いていたらしい。賢いヤツめ、と悪態をつきながら垣根がぺりぺりと薄っぺらな蓋を剥がすと、むわっと湯気が立ち込めた。
「あーあ、失敗したなあ」
「何が」
「雑誌。結構気に入ってたのによ」
「まだ言ってたのかよ。女々しいヤツだな。ンなに嫌ならもう一冊買えばいいだろォが」
呆れたように言って、一方通行はパキンと割り箸を割る。上手く割れ目で割れなかったのか少しだけ歪になってしまったそれを見て、少しだけ眉を寄せる。何となく愉快な気分になって、ざまぁみろ、と垣根が笑って割り箸を割ると一方通行よりも派手に割れ目が曲がった。
「ざまァみろ」
「うわー、お前に言われるとむかつくわー」
「はっ、言ってろ」
あーあ、ついてねー、と垣根は息を吐いて目の前で美味しそうに湯気を立てるうどんに取りかかった。あかいきつね、というそれは垣根の好物の1つである。ちなみに今日は大晦日であるが。
「ていうか雑誌だよ、雑誌。特大号で高かったのに」
「別に読めないわけじゃねェンだからいいだろ」
「まぁそうなんだけどさぁ。なんか気分萎える」
「あっそ」
「んだよ、興味なさそーだな」
不服気に一方通行を睨むと、関係ないと言わんばかりの態度でうどんをすすっている。
「実際お前みてェなメルヘンが読む雑誌に興味なンてねェよ。どーせファッション雑誌だろ」
「ちげぇよ馬鹿」
「あァ?じゃァなンだっての」
「ゼクシィ」
「ッ!?げほ、っ!」
垣根が事も無げに言い放った単語に一方通行は思いっきりむせたようで、げほげほと苦し気に咳をこむ。見かねて近くにあった水のペットボトルを差し出すと、それを一気に流し込んだ。
「…お前なンつゥモン買ってンだよ。メルヘンにも程があるぞ」
「えーなんでだよ。結婚式の会場とかウェディングドレスとか、見てて楽しくねぇ?」
「全然」
「夢ねぇなあ。でもお前にも関係はあんだぞ?」
「はァ?なンで俺に関係あンだよ」
「え。だってお前結婚式のとき着るウェディングドレス選ばなきゃいけねーだろ」
「くたばれ。それか病院に行け」
「照れんなよ」
「これのどこが照れてるように見えンだよ。ドン引きしてンだよクソメルヘン野郎」
「かわいくねーな」
つまんね、と呟いた垣根は食べることに専念した方がいいかと思い直してうどんを啜る。ずずず、と品の悪い音を立ててもこれは許されるというのだから不思議だ。喋っていたせいか若干伸びた麺を飲み込んでいると、一方通行が油揚げを噛みきっていた。
「なにお前、お揚げさん先に食べる派なの?」
「別にいつ食ったって変わンねーだろ」
「いや油揚げは汁の味がしっかり染みてから最後に食べるものだろ」
「なンだそれ」
ぜってーそっちの方が美味い、と垣根は返しながら、ふとテレビを見ると、もうすぐ紅白の始まる時間だった。そうか今年も終わりかぁ、なんて無駄に感慨にふけっていると、一方通行に「そのアホ面ヤメロ」と言われた。
「アホ面って言うな。ていうかホラ、紅白もうすぐ始まるじゃん。さっさと食って見ようぜ」
「あー、もうそンな時間か」
「どっちが勝つか賭けねぇ?」
「お前も俺も同じ方に賭けるから意味ねェだろ」
「確かに。あ、そういや蜜柑あるな。コタツにでも入りながら食うか」
「おゥ」
(人間に108も煩悩なんてねぇよな)
(てめェは煩悩だらけだろォが)
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