ばーか、と突然の来訪者は開口一番に罵倒の言葉を吐くと、躊躇なく部屋の中へと足を踏み入れてきた。出来るなら阻止したかったが、動こうとすると脇腹の傷がズキズキと痛む。それでも土御門は無理矢理口角を上げて、いつも通りの胡散臭い笑みを浮かべてみせた。

「おいおい、カミやん。いきなり来てそれはないんじゃないのかにゃー?」
「ほんとのことを言ったまでだ、馬鹿」
「ひでー。っていうか何しに来たのかにゃー?カミやんの"仕事"はまだぜよ?」
「…白々しいヤツ」

表情を変えずに、上条は壁に寄りかかるようにして座る土御門のところまで、散乱した物を踏まないようにしながら近付く。部屋に入ってすぐに分かった、生々しい鉄の匂い。土御門にとって上条の突然の訪問は予想外のことだった。故に、怪我を隠す時間もなかったのだ。土御門は諦めたように身体の力を抜く。どうせこの妙に鋭い友人を誤魔化せるわけないのだ。

「あーあ、バレちまったかあ。なんで分かったかにゃー、土御門さん的には名演技だったんだけどにゃー」
「どこが名演技だっての。この大根役者」
「うっわキッツー。ていうかカミやん、今日は随分と辛口だにゃー」

当たり前だこの馬鹿、と本日何度目かの罵倒の言葉を浴びせながら、上条は土御門の側に膝をつくと、持ってきたらしい救急箱の中身を開けてテキパキと手当の準備を始めた。土御門も溜め息を一つ吐いて、大人しく着ていたシャツを脱ぐ。1人だと手が回りにくい箇所に怪我をしたせいでぐちゃぐちゃに巻かれた包帯から赤黒い血が滲む。予想外に傷が深く、多く出血しているのを見て、俯いた状態の上条が顔をしかめた。

「随分と派手にヘマしたんだな」
「いやあ、悪ぃなカミやん。しょっちゅう手当してもらって」
「そう思うなら怪我をしないように気をつけろよ。第一、こうやって俺が押し掛けなきゃお前はどうせ応急処置程度で済ませちまうからな」

淡々と、傷口を傷つけないようにしながら鋏で巻かれた包帯を切っている上条の表情は、教室でいつも見るようなそれとは違う。どこか乾いていて、淡白な印象を与えるものだ。いつもの彼しか知らない人間が見たら、きっとびっくりするんだろう、と土御門は思う。多分、彼と一緒に住んでいるあのシスターでさえ。

(こういう顔は、見たことがないんだろうな)

別に裏表だとか本性だとか、そういうことが言いたいわけではない。どちらも同じ"上条当麻"であることに変わりはないのだ。それに関しては土御門だって同じことが言える。

「ちょっと滲みると思うぞ」
「おー」

上条の声で現実に引き戻されると同時に、傷口に焼けるような、ヒリヒリを通り越してズキズキとした痛みを感じる。思わず呻いてしまうと、上条がアルコール脱脂綿をあてる手を止め、心配そうな声色で「大丈夫か?」と尋ねてくる。

「、ああ。平気だ。続けてくれ」
「もうちょいだから我慢してくれ。悪いな」
「カミやんが謝る必要なんてないぜよ。むしろ有難いくらいだぜい」
「…そっか、」

多分今のも嘘だと思われてるんだろうな、とぼんやり考える。確かに怪我のことを気付かれるのは避けたかったが、この行為を迷惑だなんて感じたことはないのに。こういう時だけ、自分の性分が嫌になる。
先程よりも慎重に傷口に触れられながら、土御門は目の前にいる友人をぼんやりと眺めた。今は俯いているせいで表情は見えないが、きっと泣きそうな顔をしているのだろう。
上条当麻は知ったのだ、理想だけでは守りたいものを守れないことを。暗部を知り、力を付けて、それでもなお、上条当麻は"幻想"を捨てなかった。だからこそ彼は強く、脆く、そしてとんでもなく優しい。仕事で怪我を負った友人を見て、泣きそうになるくらいには。土御門はいつもその表情を見ては少しだけ後悔する。間接的とはいえ、彼がこちら側に来るきっかけを作ってしまったことを。

(やっぱ、カミやんには似合わないよなあ)

こんなとこに来るのは、自分だけでよかったのに。

そんなことを考えていると、手当が終わったらしかった。あまり痛みを感じなかったのは彼の腕が良いからだろうか。
包帯を巻き終え、上条は「他にどっか痛むところあるか?」と尋ねてきたが、土御門は首を横に振る。

「いんや、大丈夫だぜい。さんきゅーな、カミやん」

本当は足にも何ヵ所か怪我をしていたが、どれも大したものではなかったし、何よりこれ以上この友人の泣きそうな顔を見ていることはしたくなかった。
ニッと笑って上条の少し硬めの髪質の頭をわしゃわしゃと撫でると、上条はやめろ、と言いつつも、少しだけ安心したように表情を緩めた。やはりこちらの方が彼に似合う。

「あ、ちょっと待ってろにゃー。茶ぐらい入れるぜい」

手当までしてもらったし、と土御門が腰を上げようとするとそれを上条が手でそれを制した。

「いいっていいって。俺、これからタイムセール行かなきゃなんねーし」
「タイムセールって、カミやん。未だに貧乏症が身に付いて離れないのかにゃー」

彼だって自分と同じくらい仕事をしているのだから、それなりの収入は得ているのだから普通に買ったって大丈夫そうなものなのに。わざわざあの地獄のようなところに赴いているのか。
そう言うと、上条はべえ、と舌を出して、

「うっせ。ウチにはブラックホール並の胃袋の大食いシスターさんがいるから食材なんていくらあっても足りないんですうー」
「はは。苦労してるにゃー、カミやんも」
「まあな。あ、そうだ土御門」
「? 何かにゃー?」

上条は乱暴にスニーカーに足を突っ込み、それから事も無げに、

「明日のお前の仕事、俺に変わったから」
「………はあ!?」
「いやだから、俺がやるから。お前は休みな」
「いやいやちょっと待てカミやん!話が全く見えないんだぜい!?」
「そのまんまの意味だろ」
「そのまんまって…」

まさか、自分が怪我をしているからだろうか。というか、それしか理由が思い当たらない。
もし本当にそれが理由なら、甘過ぎる。暗部の仕事で怪我負うこと自体珍しくないし、イチイチそんな事を続けていたら彼自身の身が持たない。

「…あのな、カミやん」
「なんだよ」
「俺は暗部の人間だし、カミやんよりずっとこの仕事を続けてきた。だから言うけど、そういうのはやめろ。甘ったれた情けの掛け合いだとか、そういうのはこの仕事じゃ通用しないし、優しいヤツから潰されていく。お前、俺が怪我する度に仕事を変わる気か?だったら止めとけ。身体が幾つあっても足りないからな」

言い過ぎたとは思うが後悔はしていない。このままではいつか彼が自滅してしまう。自分の為に、必要以上に彼が戦場に出ていく必要などないのだ。
上条は黙って土御門の言葉を聞いていたが、

「はあ?」

と怪訝そうな顔をすると、いきなり土御門の腕を引いて近くまで来させ、

「――ッい゛っ!?」

ジーンズの上から、膝上の、丁度内出血している場所を思いきり―――押した。

突然の痛みに、土御門が悲痛な呻き声を上げると、上条は呆れたといった表情で溜め息をついた。

「それで隠せてるつもりだったのかよ」
「カミや、気づいて…」
「当たり前だろ。そんなにロクに動けない身体で仕事?ふざけてんのはお前の方だろ。魔術だって能力だってほとんど使えないお前が、そんなズタボロの身体で出てきてなんになるっていうんだ。失敗することが半ば確定してるようなことに、わざわざ行かせる馬鹿がいるか」

いいからお前は休んでろ。

上条は感情を消した表情のまま、土御門に背を向ける。土御門が掛ける言葉が思い付かないまま、その背中が部屋から出ていこうと遠ざかる。ドアノブに手を掛け、


「…友達の心配して、何が悪いんだよ」


良薬は口に苦し



バタン、と閉められたドアを眺めながら土御門は笑った。前にもこんなのあったな、と。仕事でミスをした土御門を上条が庇った。貸し1つだな、と笑うと彼はちょっとだけ眉を寄せて言った。


(友達なんだから、当然だろ?)


彼は優しい。だからこそ、見ていて辛い。願わずにはいられないのだ。

どうか傷つかないで、優しい人。








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