古い蔵書が所狭しと並べられ、インクと埃の匂いが充満した空気の中に、バターや小麦粉の匂いが混ざっていくのに比例して、シェリーは自分の眉間に刻まれた皺が深くなるのを感じた。

「何度図書館でマフィンなんぞ食べるなって言ったら分かんだこの馬鹿!」
「あら、シェリーさんは甘いものはお嫌いなのでございますか?」
「…ッだから、あたしがそういうことじゃねぇっつってんだろ!」

疑問符を浮かべるオルソラに更に怒鳴ろうと息を吸い、止める。これでは堂々巡りだ。
もういい、と手を振ってシェリーは深い溜め息を付く。
なんなのだろう、この会話の噛み合わなさ具合は。しかもタチの悪いことに相手はそれに違和感を覚えていないらしい。
ぐったりとした様子で、シェリーは目の前にちょこんと座り、両手でマフィンを口に運んでいるオルソラを眺める。どことなくリスを連想させるその動作自体は微笑ましいと言えなくもないのだが、

(なんでボロボロ溢すのかしら、こいつはっ…!)

オルソラがちまちまとマフィンを食べる度に、ポロポロとカケラが零れ落ちる。
図書館でものを食うな、というのは一般常識なのではないのだろうか。自分はそんなに間違ったことは言っていないはずなのに、この無駄な敗北感は一体なんだというのだ。
彼女と仕事で組むことが多くなってから幾度となく繰り返されるこのような会話は、今の所全てシェリーに黒星がついている。自分が気が長い方ではないのは自覚しているが、オルソラにだって問題は大いにあると思う。
これで天然でないなら顔面に一発お見舞いしてやりたいところだが、実際に彼女がこういう性格なのだからどうしようもない。オルソラの顔を見ていると、なんだか毒牙を抜かれてしまって途中で怒る気も失せてしまうのだ。

完璧に諭されてやがる、とシェリーが舌打ちを打つのを尻目に、オルソラは2つ目のマフィンへと手を伸ばす。イチゴか何かが練り込まれているのか、ベリー系特有の甘酸っぱいような匂いが広がっていく。

「それで、シェリーさんは甘いものはお嫌いなのでございますか?」

話が戻るのも彼女の特徴の1つだ。シェリーはさっきまで開いていた書物に目を通すのを止め、大人しくオルソラの質問に答えることにする。

「…別に、嫌いってわけじゃないわよ」

あんまり食べないけど、とシェリーが付け足すと、途端にオルソラが嬉しそうに「そうでございますか」と顔を綻ばせる。あまりに邪気の無い笑顔を向けられ、シェリーは思わずうっと息を詰まらせる。何がそんなのに嬉しいのか、青い目をキラキラと宝石のように輝かせたオルソラは、

「それでは、今度私がシェリーさんにマフィンを作って差し上げるのでございますよ」
「は、あ!?いや待て、なんでそんな話になるんだっての!」
「シェリーさんはナッツ系は大丈夫でございますか?」
「だから人の話を聞けえええっ!」

ガタン、と勢いよく立ち上がるとオルソラが困ったような微笑みを浮かべる。

「あまり大きな声を出されますと、他の方にご迷惑になってしまいますよ?」
「……ッオルソラ、てめぇ」

付け加えておくと、ここに2人以外の人間はいない。マフィンを食べるのは良くてそれはダメなのか、と怒鳴りたくなったが、疲労感がどっと襲ってきてシェリーは再び椅子に腰を下ろした。オルソラはティーカップにこぽこぽと紅茶を注ぐとシェリーの方に差し出す。
どうぞ、と差し出されそれを受け取るとそれを一気に喉に流し込む。胃の中が一気に熱くなるのを感じて、大きく息を吐き出す。

「それで、大丈夫でございますか?」
「……まあ」
「そうでございますか」
「というかなんでそんな話になるのよ」

だって、と珍しくきちんとオルソラが質問に応える。

「シェリーさんはいつもイライラしているようにお見受けするのでございます。疲れたときには甘いもの、というではありませんか」
「…ッ誰のせいだ誰の!」
「大丈夫。こう見えてお料理は私、得意なのでございますよ?」

オルソラは綿菓子のような笑顔のまま、ガッツポーズをするような仕草をする。まかせろと言わんばかりの顔は年相応に幼い。
確かにオルソラの料理の腕は良い。女子寮で何回も食べたことがあるし、きっと同様にお菓子作りも得意なのだろう。オルソラがマフィンを作る、という行為自体に何ら問題はない。

しかし、しかしだ。やっぱり会話が噛み合ってない気がする、とシェリーは本日何度目か分からない溜め息を付いていると、

「えいっ」
「ッ!?…なにすっ、げほっ、!」

口の中にいきなり甘さが広がった。どうやらマフィンを口に入れられたらしい。
突然のことにシェリーが咳き込んでいると、オルソラが悪戯を成功させた子供のような顔のまま、紅茶のおかわりを注いでくるので、とりあえずそれを流し込む。シナモンが振ってあったらしいそれと、紅茶の味が口の中で混ざる。

「オルソラ、てめえいい加減にしやがれッ!」
「ふふ、私はシェリーさんがイライラしていたので甘いものを、と思ったのでございますよ」
「明らかにふざけてただろおがぁっ!」
「いえいえ、そんなことはありません」

ちょっとだけ確信犯めいた表情でオルソラが微笑み、シェリーはがっくりと肩を落とした。負け戦であるのは最初から分かっていたが、こういう時に負けを思い知らされる。
こうして今日もシェリーに黒星がつくのであった。


相反トーク



(なんだかんだで結構仲良しなのさ)



アニメの2人の噛み合わなさ加減があんまりに可愛かったからつい\(^O^)/
書いてて思ったんだが2人とも口調が難しすぎるぜ。纏まりが悪くなってしまったので小ねたに。







「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -