壮観、というのはこういうことをいうんだろう。目の前でもの凄いスピードでハンバーガーの山を平らげていく少女を眺めて、一方通行は溜め息をつく。探し人もいないというのに、自分はなんでこんな所で油を売っているのか。我ながら似合わないことをしたものである。
そんなことを考えていると、少女も一方通行の表情に気がついたのか、チーズバーガーにかじり付く手を止めて顔を上げた。口の端にべったりとソースが付いているが、どうやら気にならないらしい。
「あれ?あなたは食べないの?」
「…いらねェよ。っつゥか、お前の食いっぷり見てるだけで腹一杯になりそォだ」
「ふうん、普通目の前でご飯を食べられたらお腹が減ると思うんだけど」
変なの、と呟いて少女はものの三口でチーズバーガーを咀嚼し終えると、塩まみれのポテトを5本まとめて口の中に放り込む。
それで味が分かるのか、と突っ込みたい気持ちもあるが見るからに幸せオーラを振り撒いている、というか食べ物に対しての執着を見せている姿には何か有無を言わさぬものがある。
(…そォいや、コイツ)
ふと、一方通行は目の前でレタスを噛み切ろうと奮闘している少女に視線を向ける。そこには一方通行に対しての恐怖なんてものは微塵も感じられない。
一方通行の容姿はとにかく目立つ。赤い目に、白い髪。それに加えた学園都市第一位の肩書きが、一方通行をこの街で目立たせる理由だった。彼を見つけたある者は喧嘩を挑み、ある者は関わらないように避けし、ある者は妬みの視線を向けてくる。
しかし、目の前の少女は違う。警戒心はなく、一方通行に対してにこにこと笑顔すら向けてくる。その姿が探し人と被って、一方通行は首を軽く振ってそれを振り払う。
(…外部の人間、だろォな)
彼女からは、中特有の匂いがしない。それに、長い銀髪に碧眼。何よりこの街で異様なのは、彼女が纏っている白い修道服だ。一方通行は白い修道服というのを見たことがなかったが、金の刺繍が施されているその服はまるで成金趣味のティーカップのようだと思った。それが少女の容姿と合わさって、黙っていればアンティークドールのようでもある。勿論黙っていれば、の話ではあるが。
「…お前、教会関係者か?」
「? そうだよ?」
一方通行の問いかけに、少女はあっさりと肯定する。どうやらレタスを噛み切るのに失敗したらしく口からだらりとレタスがはみ出ている。少女は器用にも手を使わずにそれを口に入れると、
「私はイギリス清教所属の修道女で―――あああっ!反対側からマヨネーズが出てきちゃったんだよ!」
「…もォいい、黙って食え。つーかその前に口拭け」
「あう、」
見かねた一方通行は紙ナプキンを適当にひっつかむと、乱暴に少女の口の周りを拭く。
というか、そんなに真っ白な修道服を来ていて汚れがつく心配はないのだろうか。染み一つないそれを見て一方通行は感心する。今までこの食べ方をしていて汚れないとしたら、それは凄い技術だ。
口を拭かれたのは流石にちょっと恥ずかしかったのか、先程より食べるペースを少しだけスローダウンした少女は、
「でもこの"ちきんふぃれお"っていうのすっごく美味しいね!あ、一口くらいならあげてもいいんだよ?食べる?」
「いらねェよ。っつーかソレ元々俺の金で買ったヤツだろォが」
「む。それはそうだけれど。せっかくのレディーの申し出を無下にするのはよくないかも」
「通りすがりの人間に食い物ねだンのがレディーのすることかよ」
自分の食べかけをずい、と一方通行に差し出してくる少女に、いつものノリでチョップを入れる。
「うう、それはお腹が減って極限状態だったわけでちょっとっていうかかなり恥ずかしいから忘れてくれると有難いかも…」
「てかシスターって嗜好品の類いって一切禁止じゃねェのかよ。お前普通にシェイクとか飲ンでっけどよォ」
「それは確かにそうだけど!私はまだまだ修行中の身のわけであってたまに欲に負けてしまうこともあったりなかったりするんだよ!」
「ダメダメじゃねェか」
はぁ、と一方通行は溜め息をつく。なんだか完全に相手のペースに呑まれてしまっている気がする。
そんな一方通行の心中を尻目に、少女はずずず、と品のない音を立てながらシェイクを啜る。甘いものがよっぽど好きなのか、頬が緩んで今にも鼻歌を歌い出しそうな雰囲気である。そこまで喜ばれるならまぁいいか、と思えている自分がどこかにいて。
(いつからこんなに他人に寛容になったンだよ、俺はよォ)
いつから自分はこんな考え方をするようになったのか。らしくないにも程がある。
そこまで一方通行が思考を巡らせていると、
「――ぷはぁ、あーおいしかった!こんなにお腹が一杯なのってもしかしたら初めてかも!」
「…そォかよ。そりゃァ良かったな」
「うん!ほんとにありがとうね!もーとうまがほったらかしにするせいで飢え死にするところだったんだよー」
あのハンバーガーの量を完食したらしい少女が満足そうにお腹を撫でる。一方通行は少女のあまり変化していない腹部と、そこにあったハンバーガーの残骸を見比べて、物理的に無理だろ、と小さく呟いた。あの細っこい体のどこにあの量の食べ物が入ったのだろう。呆れるを通り越して不思議に思っていると、今度はきっちりと口の周りを吹き終えた少女が一方通行に、にっこりと笑いかける。
「君、ほんと良い人だね!」
良い人。
あまりに久しぶりすぎるその響きに、一方通行は胸のあたりをかきむしりたくなるような衝動に駆られる。
リフレインするのは、電話越しの黄泉川の声。
少女の言葉に他意はない。嫌味でもない。そんなことは十分分かっているのに、長年悪態と自嘲を吐き続けていた口は無意識に動く。
「――別に、気まぐれで飯奢ってやっただけだろォがよ。その程度で良い人だなんて、テメェの頭は随分とおめでたくできてんだなァ」
言い過ぎた、と思ったときにはもう遅い。一方通行は舌打ちを打つと、苛立ったように髪を掻きむしる。純粋な言葉を向けられるのは、慣れてない。
「――どうして?」
「…はァ?」
顔を上げると、少女が真っ直ぐに一方通行を見つめていた。
「私は別に間違ったこと言ってないと思うんだよ。だってあなた、困ってる私を助けてくれたし」
「…だァかァら、俺が言いてェのはそういうことじゃねェンだよ」
「?…よく、分からないかも」
本当に分からない、といった表情で少女は首を捻る。
当然だ。彼女は一方通行がしてきたことなど、何一つ知らないのだから。だから少女は自分にだってこうも簡単に笑いかけるのだ。
そう、思ったのに。少女の口から出たのは予想したものとは違った。
「…私はあなたがどんなことをしてきた人かは知らないんだよ。勿論、今が全部って言うつもりでもないし」
だけど、と少女は続ける。
「あなたは私を助けてくれたんだよ。それは完璧に善意からくる行為じゃないの?そのこと自体が悪い意味を持つわけないんだよ。昔やったことで今してることが否定されちゃうなんておかしいかも」
それにね、と少女はとても楽しいことを語るように笑う。黄泉川と同じ、日溜まりの中にいるような暖かい声が、一方通行の鼓膜を揺らす。
「とうまが言ってた。自分がしたことを後悔できるなら変われるんだって。今までしてきたことは消えないけど、それでも、悪いことした人がずっと悪者でいなきゃいけないルールなんて絶対ないんだよ」
私もそう思う、と微笑む少女に、一方通行は何も言うことが出来なかった。
少女の探し人であるその"とうま"とやらは、きっと彼女に劣らずとんでもないくらいお人好しなのだろう。目の前の少女も、黄泉川も、どうして自分のまわりにいる人間はこうなのだろう。馬鹿ではない、けれど馬鹿が付くくらいに、優しい。
まるであの少年のようだ、と思った。一瞬だけ一方通行の脳裏に、とある少年の顔がよぎる。たった1人の少女のために学園都市最強のもとへと乗り込んできた少年。何の力もないのに、身一つでやって来て少女に向かって必ず助けてやる、と言ったあの少年のことを。
(――まさか、なァ)
それでも、一方通行は気づいていた。少女の、綺麗事だと笑うこともできるその一言で、自分の胸にどろどろと沈殿していたものが消えていることに。
本当に、本当に自分はどうしたと言うのだろう。
自分に向けられる優しい言葉にすがりたいだけなのかもしれない。救われたいだけなのかもしれない。それでも、
(…悪くねェな)
彼らの言葉は自分なんかに向けられるべきではない、と思う。自分のしてきたことも変わらない。"もしも"の話はやっぱり馬鹿げている。だけど、
この暖かい感じは、悪くない。胸のあたりに感じるこのむず痒さは、嫌悪ではない。ただ、慣れない言葉が照れ臭いのだ。
自覚してしまうと妙におかしな気分になって、一方通行は喉の奥をくつくつと震わせて笑い始めた。
少女はいきなり笑い出した一方通行に驚いたのか、さっき彼が暴言を吐いたときよりも不思議そうな顔になる。
「え?え?わ、私なんかおかしなこと言った?あれ、日本語がおかしかったのかな?」
「いンや、」
間違ってねェよ、と一方通行は手を伸ばして少女の頭をわしゃわしゃと撫でる。
「わっ…、頭がぐしゃぐしゃになっちゃうんだよ!」
「ほンの礼だ。黙って受け取っとけ」
ひとしきり撫で終えると、一方通行はガタリと席を立つ。
「? どうしたの?」
「人探しを続行しねェとなァ」
目の前の少女と同じように笑顔を自分に向けてくれる少女を。
今の彼女に自分が必要だというのならば探しに行かなくては。それが、自分の役目なのだから。
「そっか。うん、私もとうまを探さなくちゃなんだよ。もっともお腹一杯になっちゃったから探す意味は半減しちゃったんだけど、ここまで来たら探さないと気がすまないし」
「そォか。お前も見つかるといいなァ」
「うん!…あ。ねぇ」
「?」
「ありがとうね!」
にっこりと少女は微笑む。一方通行は彼女に背を向けると、
「…どォいたしまして」
日溜まり伝染
(…ぜってェ振り向けねェ)
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