白い喉を軽く抑えると、ひゅう、と掠れた音が漏れる。下から不愉快そうに睨み付けてくる赤い目と視線をかち合わせながら、垣根は対照的に愉快そうに唇を歪めた。

「また俺の勝ちだな」

五ミリ。一方通行の眉が上がる。押し倒されるような体制になっているせいか、自分では身動きが出来ないらしい。その事実が一方通行をさらに苛立たせる。

「…うっせェよ。終わったンならさっさとそこどけ。邪魔だ」
「始まって30秒足らずでやられたヤツのセリフかよ、それ」
「黙れクソメルヘン野郎」
「…ほんとテメェはムカつくな、第一位」

垣根は舌打ちを一つ打って一方通行の上から退く。どうせ今退かなければ能力を使われるだけなのだ。無駄な労力を使いたくはない。
一方通行は立ち上がると、頭を掻いて、床に転がっている缶コーヒの一つを拾い上げる。プルタブを開けているのを横目に見ながら、

「やっぱ能力ねえとビックリするくらい弱えな、お前」
「…うるせェ。いい加減そのベラベラよく動く口閉じねーとスプラッタにすっからな」
「ムキになんなっつの」

なってねェよ、と言い返してくる一方通行に垣根は苦笑を漏らす。352回。垣根と一方通行がやり合った回数だ。ちなみに今のところ垣根が全勝をおさめている。そして多分、これからも。
たとえ実験だとしても、安々と垣根にねじ伏せられているこの状況を一方通行が好んで受け入れているわけではない。そこに自分にとってメリットがあるから仕方なくやっているに過ぎないのだ。勿論、それは垣根にも言えることでさあるが。にしても、と思う。

「毎回毎回思うけどよ、なんの意味があんだろうな。能力使用不可でやり合って」
「……さァな。イカれ狂った頭には見えるんじゃねェのか、何かが。まァ大方、能力使用前後の身体バランスでも見たいってところだろォがな」
「バランス、ねぇ」

お前はバランス悪すぎだよな、とは口に出さなかった。普段なら触れることすら出来ない白い怪物に、垣根はこの時だけは簡単に触れることができた。

(能力のないコイツは、弱すぎる)

多分、下手をしたら小学生にだって負ける。細すぎる腕も、足も、戦うためにはあまりにも脆すぎる。垣根に簡単に組み敷かれ、身動きがとれなくなる。
それなのに能力を使った瞬間、彼は学園都市第一位の化け物へと成り果てるのだ。触れることすら出来ない、絶対不可侵領域。
それはあまりにも差がありすぎる。彼はあまりにも、不安定な存在だった。あぁ、でもきっとこれは、

(俺しか、知らない)

彼の手首は掴むと余るくらいに細いことも、間近で見た赤い目がいつも、焦点の合わないどこかを見ていることも。
妙な安堵感と、それを上回る、恐怖。せり上がってくる、どろどろしたものを吐き出すように、垣根はくだらねぇ、と呟いた。
それがどう映ったのか。一方通行は嘲笑するように口角を上げる。

「なンだァ?その被害者ヅラはよォ。そンなツラできる立場にいねェだろ、お前も」

お前も。その響きに妙に安堵している自分を見つけて苦い気持ちになる。

「…お前にだけは、言われたくねーよ」

自分より多くの人間を殺して、自分より深い闇の中にいる、お前にだけは。言われたくない、なのではない。これは多分、

(…言って、ほしくない)

そうかよ、と興味がないといったように視線を逸らせた一方通行の手首を、掴む。
触られることに慣れてないせいか、一方通行の肩がビクリと揺れる。反射されるかもと思っていたが、反射は切ったままだったらしい。こういうところは妙に律義だ。

「…なにがしてェ」

実験以外で触れられることはないと思ってい方通行は、不審そうな視線を垣根に投げつける。それでも垣根は手首を掴んだまま、笑う。どこか自嘲的に。どこか哀願するかのように。

「なぁ、一方通行」

俺は、お前になら殺されてやってもいいよ。
そういい放った声は、自分でもびっくりするくらい穏やかな声だった。目の前の赤い双方が、揺れる。

「…意味が分からねェな。ついに頭までイカれたのか?」
「別に、そのままの意味だけどな」
「だからそれが、」

何かを言い掛けた一方通行の手首を掴んだまま、引いた。距離を0に縮め、垣根は一方通行の手を自分の喉元まで持っていく。

「なぁ、殺してくれよ第一位。そしたら、」

(俺は、救われるのに)




毒を食らわば皿まで




お前みたいなヤツ、殺す価値なンざねェよ。そう一方通行は笑った。手首は、掴まれたままだった。






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