珍しく静かな室内で、一方通行は飲み終えたコーヒーの缶をぐしゃりと握り潰した。
黄泉川は仕事で、芳川は病院に用があるらしい。いつもは何かとつけて騒がしい打ち止めも、今日は何故か静かだ。違和感を多少感じたものの、静かなのに越したことはないと気にしてはいなかったのだが、

(チッ、コーヒー切れやがった…)

どうやらさっき飲み終えたのが最後だったらしい。
その事実を確認すると、一方通行は小さく舌打ちを打つ。今すぐ飲みたい、というわけではないのだけれど、家の中にないというのはどうも落ち着かない。
ヘビースモーカーは煙草を常備していないとイライラするという話を聞いたことがあるが、おそらく似たような状態なのだろう。

(この銘柄も飽きたしなァ。コンビニでも行って新しいヤツ買ってくるか…)

この身体になってからというもの室内にいることが増えたが、決まってしまえば行動は早い。
一方通行は壁に手を付いて立ち上がると、ジーンズにサイフを捩じ込み、立て掛けてあった杖を掴む。

(鍵は…持ってった方がいいだろォな。うっかり閉め出されたりしたら堪らねェし)

そこまで考えて、一方通行はふと打ち止めの方を振り返った。普段なら一方通行がどこかに行こうとしようものなら真っ先に騒ぎ立てるのだが、今日は言葉一つ発さない。一方通行に背を向けるように床に寝そべり、頭をクッションに埋めている。
寝ているのかとも思ったが、時折足がパタパタと動いているので、そういうわけではないらしい。

(なンだァ…?)

流石に不審に思い、打ち止めの方に近づくが、それでも彼女は一方通行に気が付く様子はない。
しかし家を出るなら一応声くらいは掛けた方がいいだろう、と一方通行は打ち止めに声をかける。

「オイ、」
「……」
「クソガキ」
「……」
「………チッ」

返事をしない打ち止めに苛立った一方通行は、舌打ちを一つ打つと腰を屈めて容赦なく打ち止めの頭にチョップを入れる。

「痛ぁああっ!?な、なになにってミサカはミサカは痛みのあまり頭を押さえてみたり!」
「よォやく聞こえるようになったかよクソガキ」

途端、打ち止めは叫び声と共にガバリと身体を起き上がらせると、チョップを入れられた部分をさすさすと擦り始めた。本気で泣きそうになっているあたり、かなり痛かったのだろう。

「不意打ちは卑怯だよ…!ってミサカはミサカは涙目になりながら申し立ててみる!うう…痛い…」
「お前が一回で返事しねェのが悪ィんだろォがよ」
「そこはこう、肩を叩くとかもうちょっと他のやり方はなかったのってミサカはミサカは不満を述べてみる…。あんまりバンバン頭を叩かれるとバカになっちゃうよってミサカはミサカは自分の将来を切実に心配してみたり」
「元からバカだろォが」
「んなぁっ!?それは聞き捨てならない!ってミサカはミサカは憤慨してみたり!」
「うるせェ」

子犬のようにキャンキャン騒ぐ打ち止めに一方通行は再度チョップを喰らわせる。
ただ、先程とは違って殆ど力は入っていない形だけのものだ。叩かれる、と身体を一瞬強ばらせていた打ち止めはそれに気がつくとホッとしたように力を抜いた。

「あれ?どこか行くのってミサカはミサカは首を傾げてあなたに訪ねてみたり」
一方通行の格好に気が付いた打ち止めが不思議そうに首を傾げると、
「ちょっとコンビニまでな」
「コンビニ!?ミサカも行きたいってミサカはミサカはお願いしてみたり!」
「コーヒー買いに行くだけだっつゥの。第一お前なンぞ連れてったらカゴが菓子だらけになんだろォがよ」

予想通り自分も付いていくと言い始めた打ち止めに一方通行は面倒くさそうに溜め息を吐き――、ふと、打ち止めのシャツに入っているものに気が付いた。

「…オイ、クソガキ」
「あ、連れてってくれる気になった?ってミサカはミサカは」
「じゃなくて」
「? なに?」
「そのポケットに入っているヤツ。なンだそりゃ」

シャツと色が同化してしまっていてすぐには気がつかなかったのだが、打ち止めのシャツのポケットからは白いコードが伸びており、片方が彼女の耳にくっついている。もう片方は起き上がった反動で取れてしまったのか、だらりと床に落ちていた。
打ち止めもすぐに一方通行のいう"ソレ"に気が付いたのか、納得したように「あ!これはね」と言いながらポケットから取り出した。

「じゃーん!音楽再生機!ってミサカはミサカはあなた自慢してみる!」

ずい、と打ち止めが突き出すのは白を基調にしたボディの音楽再生機だ。

「音楽再生機だァ?ンでオマエがそンなン持ってンだよ」
「ヨシカワがくれたんだよってミサカはミサカは全身で喜びを表現してみる!もうこれは使わないからあげるって」
「…チッ、ヨシカワのヤツ。またこのガキ甘やかしやがって…」

一方通行は今はこの場にいない同居人の1人の顔を思い浮かべながら眉間にシワを寄せる。

(…成る程、声が聞こえなかったのはこのせいか)

納得した、と思いつつも一方通行は表情を変えない。
それにしても、だ。

「オイ、ちょっとソレ貸せ」
「へっ!?なにするのってミサカはミサカは唐突なあなたの行動に目を丸くしてみたり」
「いいから貸せ」

一方通行は杖を付いているのと反対の空いた手で打ち止めから音楽再生機をひったくるとそれを耳に近づける。まだ再生中になっているのか、イヤホンからは妙に甲高いアニメ声が派手な曲調にのって大音量で流れ込んできて、一方通行は思わず顔をしかめる。

「…なンだ、この悪趣味極まりねェ曲は」
「なっ!?悪趣味じゃないもん!ってミサカはミサカは反論してみたり!カナミンのOPなんだよってミサカはミサカは一生懸命力説してみる!」
「ンなのはどォでもいいンだよ。それより音がデカ過ぎだバカガキ。こんなにジャンジャン流してたら耳悪くするっつゥの」
「これは古い型のヤツだから、小さいとあんまり声が聞こえないのってミサカはミサカはしょんぼりしつつ弁解してみたり…」
「別にコレじゃなくても曲は聞けるだろォが。CDプレイヤーあンだろ、確か」

確かこの家にもCDプレイヤーはあったはずだ。あまり使われる機会がないせいで気にも留めていなかったが、普通に音楽を聞くぶんには問題がないだろう。
そう思って一方通行は提案したのだが、

「それは…そうなんだけど、ってミサカはミサカはちょっと気まずくなりつつ視線をそらしてみたり…」
「はァ?」

打ち止めは少しの間、シャツの裾を握ったり離したりを繰り返していたが、何も言わないことに一方通行が焦れ始めていることに気がつくと、意を決したように口を開いた。

「あのね、ホラ、あなたはうるさいのが嫌いでしょ?ってミサカはミサカは既に分かりきってることを言ってみたり。だからどうすればうるさくないかなぁって思ってヨシカワに相談して、それでこれなら良いかなって思ったんだけど…ってミサカはミサカはカミングアウトしてみる」
「……」

予想外に返答に一方通行は軽く目を見開く。それから少し考えるように黙っていたが、

「…チッ、ガキが妙なとこで気ィ使ってンな、気色悪ィ」
「ふぎゃっ!?いきなりデコピンは酷い!ってミサカはミサカは額を押さえてみたり……あれ?でもなんかあんまり痛くなかったかもってミサカは痛っ!?ゴメンナサイ!?謝るから連続チョップは痛っ!」
「うるせェ黙れ」

ぎゃあぎゃあと叫ぶ打ち止めを黙らせると、一方通行は上着を来て外に出る準備を始める。
最近急に冷え込んできたし、昔の様に簡単に体温調節が出来ないせいで、最近ようやく"体調管理"というものに気を使うようになったのだ。(加え言うならば、痛みなどに不慣れであったせいもあって風邪というものが一方通行は嫌いである)

「…30分だ」
「へ?何が?ってミサカはミサカはいきなり話を振られてビックリしてみたり」
「CD聴く時間だアホガキ。1日30分までなら部屋で聴いてもイイっつってンだよ」
「え…いいの!?ってミサカはミサカはあなたが突然優しくなって明日雪が降るんじゃないかって懸念してみる」
「…イヤってンなら止めるぞ」
「そんなことないよ!ってミサカはミサカは溢れる喜びを隠しつつニヤケてみたり!」
「…あっそ。まァそのかわりに、」
一方通行は打ち止めからひったくった音楽再生機を上着のポケットに落としながら、
「コレは没収だ」
「ええ?!なっなんで!?ってミサカはミサカは狼狽えてみる!」
「オマエもとからアッチにふらふらコッチにふらふらすンだから、こンなン歩きながら聴いてたら間違いなく事故るだろ。ちったァ考えろって……オイ、なにニヤニヤしてやがる」
「べっつにー?ってミサカはミサカはあなたの分かりづらい優しさにニヤニヤしてみたり」
「…あのなァ、オマエが迷子になったら俺が捜索に駆り出されンだよ。手前かけさせンなって意味だクソガキ」
「それでも嬉しいの!ってミサカはミサカは素直じゃないあなたに断言してみたり!」
「…くっだンねェ」

付き合ってられるか、と言わんばかりに一方通行は未だににやついている打ち止めに背を向けてドアノブに手を掛けた。
今度こそ本来の目的であるコーヒーを買いに行こうとすると、再び打ち止めの声がそれを追いかける。

「コンビニに行くなら新発売の黒蜜プリンを買ってきてほしいかもってミサカはミサカは少々調子にのってお願いしてみたり!」
「…気が向いたらなァ」



モンスター・ペアレント


(誰が保護者だってンだァ!)



親御さん最強伝説。




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