お姉様、と呼びかけるとビクリと肩を揺らす。それはまるで何かに怯えているように見えた。どうしてなのだろう、と御坂妹は目の前のオリジナル――御坂美琴を見つめながら考える。

(…ここにはお姉様を怯えさせるような要素はないはずですが、とミサカは一応周囲に確認を取りながら考えます)

真っ白な部屋の中で、そっくりの容姿をした2人が向かい合うように立っている。ただ、美琴が常盤台の制服を来ているのに対し、御坂妹はグリーンの手術着を着ていた。そこから伸びる腕には包帯が曲がれ、ガーゼが貼られている。

御坂妹には、分からない。
見舞いに来た彼女が御坂妹の姿を見た途端に泣きそうな顔になった理由も、何かに怯えるようにしている理由も。
分からないのだ。

「…お姉様?とミサカは再度呼びかけてみます」
「…、なに」

病室に来て初めて美琴が口を開く。自分から部屋にきたくせに何も話そうとしない美琴に、御坂妹はゆっくりと近づいていく。ぺたりぺたりとスリッパの音が響く度に美琴の身体が強張るのが分かった。腕を伸ばそうとすれば肩に触れられるくらいの距離で足を止める。

「何故泣いているのでしょう、とミサカは失礼な質問だったかなと不安になりながらも尋ねてみます」
ずっと俯いたままだった美琴が、ゆっくりと顔を上げる。
「……アンタ、怒らないの?」
美琴の声は、震えていた。
何かに怯えるようにして御坂妹を見上げ、叱られるのを待つ子供のように。
「…何に対してでしょう?とミサカは不思議に思いながらも尋ね返します」
「ッ私、が!私が不用意にDNAマップなんて渡したりしなければ!アンタ達が死ぬことなんてなかった!こんなくだらない実験に巻き込まることなんてなかったのに!私がっ…こんなこと…」
最後の方の言葉は嗚咽混じりでよく聞こえなかった。
何かが崩壊してしまったように、ここが病室だということも忘れて美琴は叫ぶ。
途中に目尻から涙が溢れ落ちたが、美琴は泣く権利もないといったように乱暴にそれを拭う。

御坂妹には、分からない。
どうして美琴が自分達の為に泣いているのかも。自分達にその価値があるのかも分からない。
あの少年はそんな些細なことは知ったことじゃないと言ったけれど、

(ミサカにはまだその意味がよく分かりません、とミサカは心中で告白します。ミサカ達にお姉様が涙を流す程の価値があるのかも分からないのです、が、)

御坂妹は実験に巻き込まれたことに対し、何ら感情を持っていなかった。自分達が死んでいくということにも、特別何かを感じたりはしなかった。けれど、と御坂妹は思う。

そのことで目の前のこの少女が涙を流すのは嫌だ、と。

何故御坂美琴が"実験"のことで負い目を感じる必要があるのだろうか?
彼女は決して、こんなことを望んだわけではないのに。
彼女が泣かなくてはならないことなんて、1つだってないのに。

(ミサカにはお姉様を慰めるための言葉が思い付きません、とミサカは焦りながら自分の語彙力の無さに舌打ちをします。同時に、今の自分の心理状態に疑問を抱きます、とミサカは少々困惑気味に呟きます)

まるで実験にあの少年がやってきた時のように。
今までなかった気持ちが御坂妹の中に生まれていた。
表情を微動だにしなかったが、御坂妹は内心焦っていた。こういう時にどうすればいいのか分からないのだ。
それでも、御坂妹は思い切って美琴の肩を引き寄せるように掴む。
「っ?な、に…」

美琴の困惑したような声が耳元で響く。実験の後遺症のために微熱を持った腕が、ぎこちなく背中へと回される。
御坂妹は、知らない。
この行動にどんな意味があるのかもよく分からない。これで何が変わるとも思っていない。けれど、

「…ミサカにも、うまく説明出来ないのですが、とミサカは先に謝罪を口にします。でも、ミサカ達が"死ぬ"のは"生まれてきた"からなのです、とミサカは言葉を選びながら続けます。…この実験で、お姉様に非なんてないのです、とミサカは断言してみせます。あなたがいたから、ミサカ達は今ここにいるのです、とミサカは…、」

たどたどしい、普段の彼女とはかけ離れた――まるで普通の女の子のように御坂妹は言う。
とある不幸な少年がと同じようなことを言いながら、少しだけ、腕に力を込める。
少しだけ身体を離し、力の込められていない美琴の腕を引いて、自分の胸へと当てる。
ドクリ、ドクリと規則正しく心臓が脈を打っているのが、布越しに指先に伝わってくる。
心配しないで下さい、と御坂妹は涙でぐちゃぐちゃになった美琴の顔を真っ直ぐ見据えた。

自分の価値は分からないままだけれど、彼女を泣かせずにすむならば今はそれでいい。

「大丈夫ですよ、とミサカは宣言します。ミサカは今――生きているのですから、と胸を張って言い切ります。だからお姉様どうか、」




(泣かないで下さい、とミサカは心からお願いします)









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