ガラス張りのショーケースの中には、イチゴやらキウイの沢山のったタルトやモンブランがきらきらと輝いている。
ごくり、と検体番号10032号――とある少年からは"御坂妹"と呼ばれている少女は無意識のうちに喉を鳴らした。

(これはある意味芸術ですね、とミサカは素直に賛辞の言葉を述べてみます)

病院からさほど遠くない場所に新しく出来た、少し洒落た雰囲気のあるカフェ。テイクアウトも出来るその店の前で、リハビリがてら散歩に出た御坂妹は既に5分ほど立ち止まっていた。
ミサカにはあまり食べ物の好き嫌いというものはないが、彼女達"妹達"のオリジナル――御坂美琴と同様、甘い物は好きだ。もっとも、ついこの間まで"実験"をしていて、外食はおろかキチンとした食事を殆どとったことのなかった彼女が甘い物を食べたのは、数えられる程度でしかないが。
しかし、

(ケーキなどの甘いものというのは、一般的に高カロリーであるとミサカは認識しています)

高カロリーなものを摂取するイコール太るという方程式が御坂妹の脳内の中で出来上がる。

御坂妹は自分のスタイルなどに大した関心はない。今までダイエットなどに興味を持つことなどなかったのだが、今は少し状況が違う。
御坂妹は世話になっているカエル顔の医者の言った言葉を思い出しながら、

(一般男性はスタイルの良い女性が好き、ということはあの少年にもそれは当てはまるハズです、とミサカは再考します)

だからこそ御坂妹はここ最近、食べる量を気を付けたりしていたのだ。それは彼女が好意を寄せる少年に、少しでも好いて欲しいという実に健気な思いから来た行動である。
ちらり、と視線を自分の胸元に落とすと、その少年から貰ったハートのネックレスが揺れている。
上位個体に暗視ゴーグルを取られた時、オリジナルのお姉様や他の妹達と区別が付くようにと少年が買ってくれたそれ。
御坂妹は自然と頬が緩んでくるのを感じた。何だか自分が"特別"な気がして、嬉しくて、誇らしい。
御坂妹はそのまま視線を下にスライドし、自分の腹部を制服越しに凝視する。何も目に見えた変化があるわけではありませんが、と眉を数ミリ動かし難しい顔をする。脳内の少年の顔と目の前のケーキを交互に比べ、秤が少年の方に傾く。

(やはりここは止めておいた方が無難でしょう、とミサカは少々残念な気持ちになりながらも結論を出します)

ショーケースの中のガトーショコラに後ろ髪を引かれつつ、御坂妹はその場所から去ろうとした。


「あれ、御坂?」

不意に聞こえた声に、御坂妹の肩が不自然なくらいビクリと跳ね上がる。
まさか、と思いつつ後ろを振り返ると、そこには先程まで脳内にいた少年――上条当麻が立っていた。
「あ、御坂妹の方か」
振り返った御坂妹のネックレスを見て、上条は言葉を訂正する。ちなみに今の御坂妹は暗視ゴーグルを付けていない。

「……何故、あなたがここにいるのですか、とミサカは問います」
驚き混じりの声が、御坂妹の口から零れる。
「何でって、」それに上条は何でもないように、
「ここに用があるんだよ」
と先程まで御坂妹がにらめっこしていた店を指差す。
「……ここはカフェですが、とミサカはあなたに確認をとります」
「む。それは上条さんのような男子高校生はこのようなオシャレカフェに入る資格がないとおっしゃっているのですか、ひめ」
「いえ、そういうわけではありません」よくやく調子が戻ってきた御坂妹は、予想外に上条に会えたことで浮かれる心を隠しつつ、会話を続ける。「先程の発言で不快な思いをさせてしまったならば謝罪しましょう。ただ少し、予想外だっただけです、とミサカは補足説明します」
「あ、いや別にそこまで気にしてないんだけどさ」
「…もしやあなたは、最近巷で噂のスイーツ男子というカテゴリの人ですか、とミサカは似合わないと思いつつも念のため確認をとります」
「そういうわけじゃ…、てかどこでそんな単語を覚えてくるんだ?」
まあ甘いものはそれなりに好きだけどさ、と上条は苦笑まじりに答える。
「なんか無性に甘いモンが食いたくなってさ、学校帰りに寄ったんだ」
その上条の言葉で、御坂妹は今が通常の帰宅時間にしては多少早い時間であることに気がつく。そのせいか道を歩く人の数も少ない。
「この時間は通常の学生ならば授業を受けているのでは?とミサカはあなたが授業をサボタージュしているのではと少々疑いながら尋ねます」
「今日は午後が短縮授業だったんだよ。だから」
「成る程。納得しました、とミサカは手を打ち鳴らします」
「で、御坂妹はどうしたんだ?この店のこと見てたし、やっぱケーキ食いに来てたのか?」
「…いえ、」少し迷った後、御坂妹は小さく首を振る。「ミサカは散歩の途中です、とミサカは懇切丁寧に説明します」
「あ、そうなのか?なんていうかこう、ガラスケースの中のトランペットを眺める子供のよーにケーキを見てたから、上条さんはてっきりケーキが食いたいんだとばかり」
「あなたの比喩はミサカにはよく判りかねますが――」御坂妹は少しだけにムキになったように、
「ミサカは決してケーキが食べたいなどと思っているワケではありません、とミサカは否定します」
「ふぅん…?」
上条はいつもより強めに言葉は否定する御坂妹に首を捻り――それにしたって物欲しそうな顔してたよなぁ、とまで考えたところで、彼女の視線が彼女自身の腹部に注がれていることに気がつく。

(あ、もしかして)

「やっぱ女の子ってカロリーとか体重とか、気にするモンなのか?」
体重、という単語にぴく、と御坂妹の身体が反応する。
やっぱりそうなのか、と上条は彼女の反応に推測を確信に変える。同時に、コイツも結構普通の女の子みたいなこと考えんだな、などと和やかな気分になっていたのだが――

「……それは、ミサカが体重を気にしていることがおかしいということでしょうか?とミサカは不機嫌になりつつあなたに問いかけます」
御坂妹は機嫌を急降下させたようだった。いつもの無表情にプラスして、何やら殺気のようなものを感じる。

(あれ!?怒らせた!?)

予想外のリアクションに上条は慌てる。
「いや、そのあれだな、別に体重とかそんなに気にしなくていいんじゃないかなって上条さんは思っているワケでして!」
「それはミサカが太っていても構わない、という遠回しな嫌味と解釈して構いませんね?とミサカはあなたを睨み付けます」
「だあぁーっ!そうじゃない!」
「……あなたはもしかして太っている女性の方が好みという特殊な趣向を持っているのですか、とミサカは少々深刻に尋ねてみます」
「それも違う!っていうか上条さんはお前の中でナニ属性持ちなのでせうか!?」
そうじゃなくて、と上条は切れかけの息を吸い込む。
「そんな必要ないんじゃないかってことだよ!元々お前細いんだし、つか細すぎ?なんだからダイエットなんてしなくてもいーって!」

上条の言葉に、ピタリと御坂妹が止まる。

(今、この少年は何を言ったのでしょう、とミサカは事実確認を――)

そこに追い討ちをかけるように、
「ダイエットなんてしなくったって十分可愛いんだから無理して痩せる必要はありません、って上条さんは言ってるのですのよ。てか無理なダイエットは身体に良くないぞ」

え、と御坂妹は目を丸くする。一瞬後、自分が誉められたことに気づく。

可愛い。確かにそう彼は言った。勿論、深い意味なんてないと御坂妹は理解している。している、けれど。

(呼吸の乱れ、心拍数の上昇を確認。よってミサカは自身が極度の緊張状態にあると――)

そこまで考えて、御坂妹は考えることを中断する。変わりに、別のことを心の中で呟く。

(嬉しい、とミサカは素直に自分の感情を吐露します。たった一言ではありますが、それでもミサカは、)

嬉しい。そう言ってくれたことが、とても。
この少年がそういう恥ずかしいセリフをさらりと言ってのけるのは知っていたけれど。耳が熱いですね、と御坂妹は小さく息を吐き出す。

「分かりました。あなたの言葉に悪意はないようですので、ミサカが失礼な言葉を吐いたことに関しては丁寧に謝罪しましょう」
「あ…いや。俺もデリカシーのないことを言ったし、悪かったな」
「構いません。…では、」
このままだとガラにもないことを言いそうだ思い、御坂妹は上条に背を向けようとした。
「あ、タンマ御坂妹」
「? 何でしょう、とミサカはあなたに聞き返します」
「いやぁ、あのさ…もし良かったらこの店に付き合ってもらえないかなぁ、と」
少ししどろもどろしながら上条が提案するその言葉に、御坂妹は首を傾げる。
そのリアクションを不機嫌と勘違いしたのか、上条は慌てたように「いや、無理にとは言わないし!ケーキとか食べたくないなら食べなくてもいいしもし食べるなら一緒にどうかなと思って!」と付け加える。
「ただ、ちょっと店に上条さん1人だと入りづらいというか…」
確かに、と御坂妹は上条に同調する。ドア越しに覗いてみると、店内にいるのは若い女の子やカップルばかりだ。確かに男子高校生が1人というのは浮いてしまうかもしれない。でも、と御坂妹は思う。「店内に入りづらいのであれば、テイクアウトをオススメします、とミサカはあなたにアドバイスします」
「あーいや、そーなんだけどさ?」
御坂妹の提案に、上条は力のない顔で笑う。
「ウチにいる暴飲暴食のシスターさんの前にケーキなんておいたら、あっという間にお財布が氷河期なのですよ」
シスター、という言葉に御坂妹の頭の中に以前会ったことのある銀髪碧眼の少女の顔が思い出される。目の前の少年と同居しているという、御坂妹にしてみれば羨ましいことこの上ないポジションにいるのだ。
「あぁ、あの少女のことですか、とミサカは納得します。つまりあなたは、彼女にここに来たことを知られたくないのですね、とミサカはあなたに意思確認をとります」
「まぁ、つまりはそういうことなんだけど…」
やっぱダメか?と尋ねてくる上条。

(これは上手くいけば、あの少女を出し抜いてこの少年のハートをキャッチするのに絶好の機会かもしれません、とミサカは内心ガッツポーズを決めてみたりします。―――あ、)

「…御坂妹?」
「……申し訳ありませんが、ミサカはあなたの申し出を受けることが出来そうにありません、とミサカは心から謝罪します」
「あ、やっぱ…?」
「いえ、行動自体には何ら問題はありません。ただ、これはミサカも今思い出したのですが――、ミサカは今ケーキを買うだけのお金を持ち合わせていません。よってあなたとケーキを食べることは不可能です、とミサカは羞恥で赤面しながら告白します」

散歩のために来ていたので、お金を持ち歩いていなかったのだ。
羞恥で赤面、とか言いつつも相変わらずの無表情で御坂妹は告げる。なんとなく顔が残念そうではあるが。
しかし、上条は御坂妹の言葉に「何言ってんだ?」と逆に首を傾げた。
「俺に付き合ってもらうんだから、ケーキ代くらい出すって」
第一カップルとして入店するのに割り勘は変だろ、と続ける上条に、御坂妹は自分たちが周りからどう見られるかようやく理解した。

(カップル、つまりはフリであっても今のミサカと少年は周囲に恋人同士と認識されるのですね、とミサカは浮き立つ気分を隠しもせずに呟きます)


なら、と御坂妹は続けた。
「お言葉に甘えさせていただきます、とミサカはあなたにお礼を述べます」
「いや、寧ろこっちがお礼言わなきゃな。サンキュー御坂妹!」
本当に嬉しそうだ、と御坂妹は思った。こんな風に笑いかけてくれるなら、それだけで十分だ、とも。



店内に入ると、やっぱり見渡す限りカップルばかりだった。
大して広くないスペースに学生がひしめきあっている。

制服を着たウエイトレスに案内されて、御坂妹と上条は奥にある壁側の席に座る。

「そういえば、」パラパラと色んなスイーツの写真が載っているメニューを興味深げに眺めていた御坂妹が口を開く。
「あなたは以前ここに来たことがあるのですか?とミサカは尋ねてみます」
「来たことがあるっつーか、ここのケーキ食ったことがあんだよ」
上条の言葉に、もう少しその話を詳しく知りたいと思ったが、止める。また女性絡みの話になりそうだと思ったからだ。
これが女の勘というものでしょうか、と御坂妹は他人事の様に考える。
せっかく今上条と2人きりなのだ。そんなことを考えて嫌な気分になりたくはない。

「何にするか決まったか?」
「…正直な話、ミサカは今まで沢山のものから選ぶということをしなかったのでこういうことは苦手なのです、とミサカはあなたに告げます」
「それただ迷ってるだけだろ」

おかしそうに笑う上条を見て、御坂妹はふとあることを思いつく。
「…オススメはありますか、とミサカはあなたの意見を尊重してみます」
「オススメ?」話を自分に振られ、上条は少し悩む。御坂妹からしてみれば、もしかしたら上条の好みが分かるかもなんて思いが混じっての台詞だったのだが、

「ミルクレープ、かなぁ…」
上条の言葉に、御坂妹はメニューに視線を落とし目当ての物を探す。

(――あ、)

「………売り切れ…」

呟いたのは御坂妹ではなく上条の方だった。ミルクレープの上にはしっかりsold outのシールが貼ってある。
がっくりと肩を落とし、力のない声で呟く姿は同情せずにはいられない程不憫だ。

「そのようですね。ミサカがこの店に到着したときにはまだありましたから、その間に注文が入ったのでしょうか、とミサカは冷静に分析しつつあなたの不幸さ加減に憐れみの視線を向けつつこっそりと溜め息をついてみます」
「……悪い、御坂妹」

容赦ない御坂妹の言葉に、上条はいつもより控え目な音量で「不幸だー…」と息を吐いた。


「ご注文はお決まりでしょうか?」
じゃあ何か別のものを、上条が考えていると、タイミング悪くウエイトレスが注文を取りに来てしまった。
「あ、いや。ちょっと「決まりました、とミサカは決定の意思を述べます」
待ってください、と上条が言おうとしたのを遮ったのは御坂妹だった。
「え、でも」
戸惑う上条に、御坂妹はハッキリと、
「今日ミサカはチョコレートを食べたい気分なのです、とミサカはあなたに告げます」
「…いいのか?」
「これはミサカの意思であって、あなたのせいではありません、とミサカは説明します。それにあなたがいたから売り切れになったと考えられる方がおかしいのでは?とミサカは疑問を抱きます」
多分ミルクレープが売り切れたのは十中八九上条の不幸のせいではあるのだろうけれど。
御坂妹は上条が驚いているのを尻目に、さっさとガトーショコラを注文した。催促されるような視線を向けられ、上条も慌ててフルーツタルトを頼む。

「かしこまりました」
2人のやり取りがおかしかったのか、ウエイトレスがくすくすと小さく笑う。そして上条の方に笑いかけ、

「優しい彼女さんで良かったですね」


(……ッ!)

上条はウエイトレスの言葉に、かあっと血がのぼるのを感じた。

「あ、いえ…」

曖昧に笑ってみせるも、首から耳にかけてが熱いのが分かる。

(あーもうっ!フリで彼女とか言われて何照れてんだ俺は!御坂妹に失礼だろうが!)


そんな上条の姿を見ながら、御坂妹が良いものが見れたと内心ガッツポーズをキメていたのを上条が知るよしもなかったが。




(とりあえず一歩リードです、とミサカはほくそ笑みます)





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