ここ最近の御坂美琴は元気がない。白井黒子はそう思っていた。
いつ話しかけても上の空で、時折悩むように視線を動かし、唇を噛んでいる。原因なんてわかりきってるのだけれど、と黒子は小さく溜息をつく。聞き取れないくらい小さな溜息、だったのに。

「黒子?」

向かいに座る美琴が顔を覗き込むようにして黒子を見る。どうやら妙なところに鋭いこの上級生は、黒子の小さな溜息を聞き逃さなかったらしい。
「どーしたのよ、溜息なんてついちゃって。そんなに私とお茶してるのがイヤなわけ?」
「そんなわけないですわ」
先程までいくら話しかけても生返事しか返してくださらなかったのはお姉様の方ですのに、という言葉を飲み込んで、黒子は微笑む。明らかに自分の方が悩んでいるのに、他人の心配をするなんてどこまで優しいのだろう。

(勿論、贔屓目はあるとは思いますが)

それにしたってこの人は優しい。ぶっきらぼうな物言いをよくするけれど、そこには優しさとか思いやりとか、たくさんのものがあるのだ。
本人に言ったらきっと真っ赤になって怒鳴られてしまうだろうけど。それでも、

「なんか悩み事でもあんの?」

(ほら、今だって)

こうして後輩を心配して、声を掛けてくれる。
普段のような過剰なスキンシップがないからなのか、黒子を心配する美琴の声色はいつもより優しい。
黒子にとっての美琴は光のような存在だった。真っ直ぐで、強い。だからこそ彼女を慕い、隣に立ちたいと強く願うのだ。
悩んでいるというのなら、その悩みを解決してあげたいとも思う。

なんでもないですわ、と言い掛けた言葉をやめて、少しだけ黒子は躊躇した。聞いたら答えてくれるのだろうか、と。

(きっとまた、あの殿方のことを悩んでおられるのでしょうね)

露払い。そう黒子は自分を称していた。不躾な連中が彼女に近寄ってきたとき、彼女がなるべく傷つかないでいいように。
少しだけ苦い気分になりながら、黒子は以前自分を助けてくれた黒髪の青年を思い出す。
大して接点もないような自分のことを命を張って助けてくれたその少年は、敬愛する御坂美琴の想い人でもあった。

以前は野蛮人などと言って忌み嫌っていたけれど、今の黒子は彼女が彼のことを好きになったのが少しだけ分かった気がした。だからこそ、難しい人を好きになってしまったものだとも思う。

(…きっとあの殿方にとって"特別"ではないのでしょう。万人に手を差し伸べるような"ヒーロー"…といったところでしょうか)

我ながらクサい喩えだと思いながらも、黒子はそれを否定しない。ヒーロー。多分、それが彼に一番似合う言葉だ。
だからこそ皆思うのかもしれない。彼の特別になりたいと。
皆に優しい彼の中で、特別になりたいと。

(こう考えると、お姉様とあの殿方さん。結構似てる者同士なのですわね)

自分より他人を優先して、真っ直ぐで、強くて、眩しい。
そう思ったら少しだけ、あの青年のことを認めてもいいかもしれない、と黒子は内心小さく笑う。もしかしたら案外良い友人になれるかもしれないから。


黒子、と少し大きめな声で呼ばれて、黒子は目の前の美琴をほったらかして物思いに耽ってしまったことに気がついた。
ずっと黙りこくっていた黒子を心配しているのか、先程より真剣な顔をする美琴を見て、しまったと思う。

(お姉様に心配をお掛けするだなんて…黒子一生の不覚ですの)

「ねぇ、本当にアンタどうしたわけ?さっきから黙ってるし…。調子でも悪いの?」
「いえ、そんなことありませんわ。ただちょっと、考え事をしていただけですの」
微笑む黒子に、美琴は納得がいかないような表情をする。
「…そう?にしたって今日のアンタ変よ。なんか心配事でもあるの?風紀委員でなんかトラブルとか」
「あら、心配して下さるんですの?」
黒子が茶化すように笑うと、「なっ…!別にそういうわけじゃないわよ!ただそういうのがあるなら聞いてあげないこともないって言ってるだけで!」と美琴は顔を真っ赤にして叫ぶ。
かわいい人ですの、と思いつつこれ以上やったら電撃が飛んできそうなので、黒子はからかうのを止める。

「アンタってやつは人がせっかく心配してあげてるってのに…!」
「…ねぇ、お姉様」
「何よ」


大切な大切なお姉様だからこそ、
「悩んでいるのは、お姉様の方ではありませんか?」
白井黒子は、先程躊躇した言葉を、今度は迷わずに告げる。


「え…?」
驚いたような顔をする美琴に、黒子は優しい口調のまま続ける。


「お姉様が悩んでるかどうかくらい、この白井黒子にはお見通しですのよ」
「黒子…?」
「だからお姉様、」

悩みがあるなら聞きますの、と先程言われた台詞をそのまま返す。腕を伸ばし、美琴の手を掴む。

(見くびらないでくださいな)

この人の隣を譲るつもりはない。あの人が左側を支えるなら、私は右側を支えよう。少しでも同じ景色を見て、少しでも彼女が守りたいものを守れるように。

(あなたがダメな後輩のことをきちんと見ていて下さるように、私もあなたを見ているのですから)

「ねぇ、お姉様」

確かに、あの人の"特別"になるのは難しいかもしれないけれど。
それでも目の前の大切な彼女が、心から幸せそうに笑えるような日が来ればいい。
そんなことを願いながら、

「私はいつだって、お姉様の見方ですのよ」



(大好きですわ、お姉様)






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