宵闇サナトリウム(晶陽)
追いかけた方が負けだというのなら、私は追いかけない。
今は兄妹という関係で落ち着いているし、兄妹としての態度や接し方をしなければならないのは必須だった。
晶馬が自分を選んでくれた、あの日から、自分の中に光が燈されて。光を手に入れると同時に、自分の晶馬へと抱いている想いを捨てなければならなかった。
それでもよかった。晶馬と一緒に、この家にいられるならば。帰る場所が同じ。それだけでよかった。何も望むものはない。
そんな事を思って、自分を偽り続けたとしても、偽りは何か変化が起こる度に壊れ、信じていた自分の信念にも揺らぎを与える。
陽毬は、たまに、晶馬にくっついて、甘えたいと望んでいた。晶馬なら、兄妹なんだから、気にしなくていいよって、きっと言ってくれる。
それでも陽毬は躊躇う。
違うんだよ晶ちゃん。そうしたら私は、晶ちゃんから、もっと離れられなくなりそうなんだよって、そう思ってしまう。
けれど陽毬は我慢の限界をついに迎えてしまった。冠葉の件で全身に傷だらけになり、彼の瞳に輝きをなくしたまま帰ってきた、晶馬を見た時だった。
「晶ちゃん」
手当をしながら、陽毬の手はガクガクと震えた。
その時はなんとなくわかっていた。ああ、きっと、もう自分たちは元に戻れないのだと。
きっと晶馬は、自分の事を手放してしまうのだろう。
自分がそれを望んでいなかったとしても、晶馬の決めたことならば、それに従うしかない。それが自分の、彼への愛し方なんだと。
もしももう、元に戻ることが叶わないのなら、もう会えなくなるんだとしたら、自分にはもう、想いを押さえ込む事はできない。
晶馬と始めて会った時から、蓄積を重ねに重ねた、彼への愛情を。
「陽毬……」
晶馬の震えている肩へ、陽毬の細い腕が絡み付いた。
晶馬の体のキズに障ったかもしれない。一瞬だが、晶馬の口から痛そうな声が零れ落ちた。
ごめんね晶ちゃんと思いながら、陽毬は全身すべてで、晶馬への愛情、そして今までの感謝の気持ちを伝える為に、陽毬は晶馬を包み込む。
晶馬の両腕は、陽毬を包み込むべきか悩んでいる。
「晶ちゃん、お願い」
陽毬が促す。
「……陽毬…………ごめん、ごめん、僕は……」
晶馬は陽毬を包み返す。自分が晶馬を包み込むようにしていたはずなのに、あっという間に晶馬に包み込まれてしまった。
それがわかって幸せだった。晶馬に抱きしめられている、それだけでもう会えなくても、いつ死んでしまっても構わないって思う程。
「晶ちゃん、泣かないで」
「泣いてないよ」
「泣いてるよ、私にはわかるよ」
少し体を離した陽毬が、晶馬の頬を伝う冷たい雫を拭い去る。その後も頬に触れた指を離したくなく、陽毬は唇を噛み締める。
「晶ちゃん、晶ちゃん、晶ちゃん」
咳を切ったかのように溢れ出す、愛しい男の名前。
好きだと言えない代わりに、彼女は彼の唇にキスをした。
晶馬は目を見開き、陽毬のその行為を拒絶するわけでもなく、そっと瞼を閉じる。
さよなら、私の、運命の、人……―――――――
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タイトル・Evergreen