愛しい闇のように(晶苹)
現在、AM0:00。
(………どうしよう)
体が固まり続いてる。緊張のせいか、自分から動けなかった。
隣にいる彼を見るだけで、とてもドキドキして仕方がなかった。
彼は、今どんなことを考えてるんだろう……そればかり、思う。
今、苹果がいるのは、ビルの一室。
とあることが原因で、晶馬と閉じ込められてしまった。
もう既に6時間は経過していた。
***
「これ、どこまで運べばいいんですか?」
「あ……それはね、突き当たりの部屋にお願い」
「はい」
苹果は多蕗の手伝いをしていた。
書類をまとめるのに忙しく、見兼ねた苹果が、手伝いを申し出ていた。
「ごめんね、苹果ちゃん」
「全然大丈夫ですよ。手伝いとか好きなんです、私」
苹果は微笑む。
でも実際、手伝うことは好きだから、苦にはならなかった。体を動かしていれば、とても気持ちがいい。何より、気にしなくてすんだ。
今感じている、このモヤモヤとした気持ちを、振り払いたくて。
私のせいで、彼を巻き込んでしまった。
騒いで、巻き込んで、あげくの果てには戻ることのできない何かへ、発端してしまったのだから。
こう感じるのは、自分でもわかってたつもり。
彼を大切に思っているから。あの時。そこから、始まった。
なんだろう。
嬉しかったのかな?今考え直すと、なんだか恥ずかしい。気がつけば、私の大半のところを彼が占めている。
友達じゃなく、一人の男性として。
「きゃっ!!?」
外は雲行きが妖しく、雷が鳴り始めた。
苹果は動揺し、手に持っていたものを、落としてしまう。
「大丈夫?荻野目さん」
ぶちまけてしまったものを、綺麗にまとめてくれていたのは、晶馬だった。
「し、晶馬君……ごめんなさい、ありがとう」
「これ、どこまで持って行けばいいんだい?」
「あ……いいよ、私自分で……」
「気にしなくていいって」
「ありがとう………」
そのまま、苹果は先に歩き出した、彼の背中を眺めていた。
広くて大きな背中は、どこか寂しさを帯びているのを感じた。
胸が切なくなるくらい。
「あ、じゃあ……ここに」
苹果がゆっくりとドアを開けた、ちょうどその時。
再び落雷が鳴り響いた。
「っ……きゃああぁ!!」
「うわっ!?」
明かりをつけたはずの電気も消え、停電する。恐かった。とても恐くて。苹果はひそかに、何かを握りしめていた。
「荻野目さん………」
「…ごめんなさい!私…とっさに……」
そう、晶馬に抱きついてしまっていたのだ。
ぎゅっと、しっかりと。
とっさに荷物もばらまいたりしたが、そんな苹果を晶馬は抱きしめていた。
今、苹果は晶馬から離れようとしたけれど、晶馬が苹果を離さない。
「まだ…雷……収まりそうに…ないから」
ちょうど彼の胸の部分に、耳が重なって、彼の鼓動がトクン、と聞こえる。
私と同じくらいの早さのような気がした。彼の腕の中は、温かくて、とても安心できて、私が恐れているもの、すべてを忘れさせてくれるよう。
そうして、2時間後。しばらくして、雷は鳴り止む。
「雷、やんだみたいだね」
「……うん」
「結構…長かったね」
「……うん」
まだ離れたくなくて。
彼の腕の中に、まだいたくて。
一生懸命、言葉をだそうとしてた。でも、離さないでいてくれた。
気持ちが、私の気持ちが、そのまま伝わってくれた気がした。
「荻野目さん」
「なに…?」
「やっぱり、荻野目さんと一緒にいる時が一番落ち着くよ」
苹果の顔が赤くなる。
恥ずかしくなって、ドキドキしてきていた。嬉しかった。
そういう存在に、私はなれてるんだなって。
「うん、私も………」
そう言った時、照明に明かりが燈った。
二人は思わず立ち上がり、互いにそっぽを向いてしまう。今まで、抱きしめられていたんだということを、思い出して。
「じ、じゃあ…戻ろうか」
晶馬がそう言い、ドアを開けようとする。
だが、何故か開かない。
鍵がかけられてしまったのだ。
「あ……そういえば、この部屋はオートロックされるって…言ってた、私、鍵……」
「本当?そっか……鍵がないんだったら……」
「開かないのかな?」
「うん。とりあえず、電気つけておいて…誰か来るの待つしかないな」
ふと、苹果は今の自分の状況を理解した。誰かが来るまで、晶馬とここで二人きり。もし、誰も来なかったらずっとここで……?
一人で勝手に動揺してしまってる。
「あの………荻野目さん」
「は、はい」
「その……大丈夫だから。何も…しないから」
困ったように、彼は言った。そのまま、なんて言ったらいいのかわからなくて、時間だけが過ぎてしまい、現在に至る。
多蕗は今、編集に追われているのだろう。
そうでなければ、気付いてくれるはず。
幾度も悩んだりしたけど、意を決したかのように、晶馬に歩み寄る苹果。
「晶馬君。話……しない?」
「…いいよ」
晶馬の隣に座ると、苹果そっと、晶馬の手に触れた。
「私もね、晶馬君といると…安心できる。本当、全然恐くないんだよ」
「ありがとう、荻野目さん。僕は君を……誰よりも何よりも、大切だから。それは…変わらないから」
こほん、と軽くせきごんで、彼は言った。
恥ずかしいことを自分で言ってしまったんだって、自覚したようにも見えた。
でもわかる。聞いてる私だって、すごくドキドキしてしまってる。
彼だから、反応するんだ。
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タイトル・反転コンタクト