アルヴィン 13
レイア 24
「あの子、一度、女の子と一緒に歩いていた所を見たことあるわよ」
母親と夕ご飯を食べていたレイアは、朝から、母の衝撃発言に驚きを隠せなく、ご飯を喉に詰まらせて、咳ばらいを繰り返す。
そんなレイアを見て、母は急いでコップに水を注ぎ、レイアへ差し出した。
ごくんっと水を飲んだ。やっと落ち着いた。母もレイアがここまで動揺するとは思ってはいなかったのだが、アルヴィンが生まれてから、レイアがどれだけ、アルヴィンの事を可愛がってきていたかを知っていた為、くすくすと微笑みを絶やさなかった。
嫌なのだろう。きっと、母親である自分以上に、アルヴィンが取られてしまうことが。
「それ、本当なの?」
ようやくレイアは喋れる状態になった為、母親に詰め寄るように問い掛けた。
「自分の息子の姿を見間違えるわけないでしょ、本当よ。髪が長くて、すらっとしていて。綺麗な子だったわ」
「嘘…………」
「あんた、本当、昔からアルヴィンの事、可愛がってたもんねー。彼女かどうかはわからないけど、少しアルヴィン離れしなきゃダメよ?」
そんな母親の言葉も、レイアの耳には届かない。
レイアの頭の中は真っ白だった。
この前、帰宅して、アルヴィンの部屋で彼と対峙した時、彼は言った。
好きな奴などいない、周りにはガキしかいないからと。
そう言っていたのにも関わらず、もしも本当に、その女が彼の好きな人で、彼女なんだとしたら、レイアは彼を許すことができなかった。
―――――パキッ
気持ちが高ぶり、箸を力強く握りしめていたせいか、レイアは箸を折ってしまう。
「あ」
「………あんた、本当、頼むから、弟離れしなさいよ?でなきゃ、アルヴィンも、あんたも、幸せになれないよ」
「や、やだな、わたしだって、ちゃんと好きな人ぐらいいるって!」
折れた箸をテーブルの上に置いて、レイアは味噌汁を口に含んだ。
弟離れしなきゃいけない、そんなことわかっている。
自分はまだ母親ではないが、きっと将来、子供が生まれて、子供に恋人ができて、結婚式を迎える時は、きっと気持ちが落ち着かないんだろうなと思った。
「それに、あいつだって、わたしの事、大好きだったじゃない。覚えてる?わたしが家を出るって言った時、あんなに反抗してきたの。アルヴィン、わたしのことが大好きすぎて、姉離れできるのかなって心配してたけど、ちゃんと大丈夫そうじゃない。だからわたし、安心したよ。そういう子がいるんならさ」
「そうよね、レイアが家出てってから、本当、口にしなくなったもの。帰ってくるって言っても、あっさりしてるし。これでよかったのかもね。なら、次はあんたね。本当ブラコンなんだから」
大丈夫だよって、母親には何度も伝えた。
だが、自分が出て行った後に、アルヴィンが甘えてくることは少なくなり、いつしかなくなった。
レイアはそれが淋しかった。だから今は、アルヴィンを困らせる事しかできなくなっていた。
構いたくてたまらない。あんなにお姉ちゃんっ子だったくせに。男の子ってそんなものなのか。
心の中は穏やかではない。
レイアは部屋へと戻る。
入れ替えでアルヴィンが帰宅し、母親はアルヴィンのご飯を用意する。
「あんたさ、彼女できたの?」
「は、なんでだよ母さん」
「お母さん見たのよ、綺麗なお嬢さんと、あんたが一緒に歩いてるとこ」
「ああ…………」
あの時か。アルヴィンは思い出しては納得し、俯いた。
本当にいつ見られているか、わからないものだ。
けれど、彼女などではない。彼にとっては只のクラスメートだ。
「彼女じゃないんだよな、これが。なんか、好きな奴にプレゼントを贈りたいから、一緒に選んでくれないかって言われたんだよ。この時点で俺はフラれてるわけ」
「あらあら、残念ね」
「俺はまだいいよ、この歳で恋愛できる奴って凄いよな。俺は部活一筋にしかなれないわ」
アルヴィンのクラスメートである彼女は、アルヴィンの中でも数少ない、女友達の一人であった。サバサバしていて、他の女みたいに、がっついたりしていない。
歳の割に冷静でしっかりとしていて。絡みやすかった。意気投合するのにも、さほど時間はかからなかった。
そんな彼女の想い人への買い物だから付き合った。
こういうのができるから、いいよなと憧れたりした。自分にはできないから。既に諦めていた。
「レイアも好きな人がいるって言ってたし、アルヴィンもそうだったら、お祝いしなきゃなって思ったけど」
母親の発言に、今度はアルヴィンが喉を詰まらせた。アルヴィンは隣に置いてあったコップを手にし、口に含む。
「は?!どういうことだよ」
「お母さんもさっき聞いたのよ。好きな人がいるって。本当よかったわ、あの子、変なとこで不器用だからね。成就してほしいわ」
ずっと前から目を背けていた。
レイアの好きな人の存在。自分からは聞くことができなかった。彼女が学生時代にいなかったとは言い難い。絶対に何人かはいるはずだと。
それは仕方がない。自分と彼女の歳の差を考えれば。
今はもう、ここまで成長したのだから、嫌な気持ちだって芽生えてしまうのは仕方がない。
だって、女として好きなのだから。
――――――パキッ
アルヴィンの手の中で箸が折れて、床に転がり落ちる。
「あ」
「……本当、あんた達は姉弟だよね」
先程とまったく同じ光景を目の当たりにした母親は、もはや呆れ果てた。
アルヴィンもご飯を食べ終えて、階段を上り、部屋へと帰ろうとする。
ちょうどその時、レイアが部屋から出てくる。
狭い廊下で、二人はばったりと出くわした。
「お、おかえり」
「た、ただいま」
思わず言葉が片言になった。そして何も言わずに沈黙だけが走った。
互いに聞きたいことがある。だが聞くことができない。
二人はただ、目だけを合わせる。
「アルヴィン、洗濯物があるなら出しちゃいなさいよー」
「わーったよ」
階段越しからの母親の呼びかけに応え、アルヴィンは部屋にある洗濯物をとろうと部屋に入ろうとした。
ドアノブに手をかけたところで、レイアがアルヴィンの手に触れる。
その行動に、アルヴィンは心臓が反応した。
「姉貴?」
アルヴィンはレイアを呼んだが、レイアは無言だった。
そうしてドアノブを動かし、二人はアルヴィンの部屋の中へと消えていった。