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 小さな傷、静かなキス








言葉が足りない。
もっとたくさん言えることは、あったのかもしれない。
けれど、何も浮かんでこなければ、それ以上も以下もなかった。

彼はわたしを避け続けた。

わたしだって、彼を怒っているわけじゃない。
こういう状態を、なんと口にすればいいのかわからないし、わたしを、撃った彼が、とてつもない罪悪感に襲われているのもわかっているつもりなの。

ニ・アケリア霊山で聞いた、確かな言葉が、それを証明してくれた。


『ごめんな』って。


その時は何も返せなかった。だから、彼は、わたしにはもう、何も言えなくなっちゃったのかもしれないね。

わたしに体の傷おろか、心に大きい傷を作ってしまったと。仲間に傷つけられたトラウマとなって、わたしの中に残ってしまっただろうと。



わたしは、アルヴィンがこうして今も、仲間にいることを嫌だなんて思ったりなんかしていない。

話はしていないけど、アルヴィンに会いたくなんかないって、思ったりなんかしていない。


きっと今までも彼は、こういうことをしてきたのかもしれないね。
傷つけた相手とは、二度と会ったりしていないと思う。

わたしやジュードは、稀なパターンなんだろうね。

アルヴィンがジュードと会話しているのを見たときは、正直ほっとしたんだ。

わたしが撃たれた時、意識は朦朧としていたけど、二人が戦って、叫んで、泣いていた光景、ちゃんと知ってるんだよ。


アルヴィンが、あんなんだって知らなかった。
人間くさい部分を始めて見た気がする。


もうあれ以来は、見ることはなくなってしまったけど。

わたしと彼の気まずい時期は、長すぎた。





「では、今日の買い物担当は、アルヴィンとレイアだな、よろしく頼むぞ」


じゃんけんで、今日は買い物担当を決めることになって。
わたしとアルヴィンがじゃんけんに負けて、二人で買い物に行くことになっちゃった。

二人きりになることになる。

わたしは動揺した。
会話という会話もまともにしていないのに、二人きりで買い物に行くとか、ハードルが高すぎる。


そんなわたしにジュードは気づいて、きっと、僕が変わろうかって、言ってくれようとしてくれたんだよね。

でもそれは、ローエンに阻止されていた。

ローエンは首を横に振って、ジュードもローエンと目を合わせて、そしてわたしを見て、頷いて。

そうしたらわたしも、頷くしかなかったよ。


アルヴィンは、どう思っているのかな。
気まずいって思ってるに違いないよね。

みんなと別れて、二人きりになって、わたしは、アルヴィンの後ろを歩いた。

勿論、会話一つない。



こんな状態で、買い物なんてできるはずがないじゃない。




「あ、あの」



わたしは声を振り絞って、アルヴィンに話しかけた。
それでもアルヴィンは、歩くことを止めなくて、わたしの呼びかけにも無視して、先へと行ってしまった。



(聞こえ……なかった……?)



もしかしたら聞こえなかったのかもしれない。
もう一度、わたしはアルヴィンを呼んだ。
さっきとは比べものにならないくらい、呼んだ。叫んだ。



「ねえ、アルヴィン、アルヴィン君!」



周りがわたしの声に驚いて、一斉になってわたしを見る。

それでもいいと思った。

人の決死の行いを無視されるなんて、ショックだったし、意地でも会話してやるんだからって、半ばやけくそ状態に近かった。



「…………!」



アルヴィンが無言のまま、わたしの腕を力強く引っ張って、この人混みの中を掻き分けて、人気の少ない路地裏に連れていかれた。




「痛い、痛いよ」

「……………」




わたしの声を合図にして、彼はやっと手を離してくれた。腕には赤い跡が残ってしまっている。

しかもまただ。
まだ、口を利いてくれようとしてくれない。



「アルヴィン、どうして、無視するの?」

「…………」

「わたしと話したくない?」

「バカ、それはこっちの台詞……」



しまったと、彼は口を抑える。
ほらね、やっぱりそうだった。予想通りだよ。

わたしが、あなたと口を利きたくないと思ってると思って、あなたは無視し続けた。



「そんな簡単に元通りだなんて、なれるわけがないだろうが」



知ってるよそんなこと。

でも、少しずつでもさ、溝は埋めていかなくちゃいけないじゃない。



「ふーん、そうなんだ、でもそんなこと言ってるくせに、こんなとこに連れてきたんだ」



わたしに言われて、アルヴィンは周囲の建物を見渡した。
そこはホテルの名前がたくさん刻まれていた。
そう、わたしにもわかる。

この建物は、家で経営してる宿屋とはまったく別物で、そーゆーことをする場所。



「だから、こんな路地裏に連れてきたんだ」

「そんなわけないだろ」

「意気地無し」

「意気地無しって……何キレてんだよ」

「怒ってなんかない」




彼とちゃんと話ができるのはよかった。
会話してる内容は、まともなものではなかったが。



「レイア、何、俺とそーゆーことしたいの?」

「知らないっ」

「意気地無しとか言われると、俺だって黙っちゃいらんないんだけど」




わたしはまた、アルヴィンに腕をつかまれて、ひとつの建物の中に連れていかれた。
受付を済まされ、エレベーターに乗り、指定された部屋へ入る。



「ちなみにオートロックだから、逃げられねえからな」



沸騰していたわたしの頭は、ようやく沈静していった。
部屋全体の雰囲気やら、大きな大きなベッドやら、その光景を目の当たりにして、急に足が震え出した。


「きゃっ」


ベッド上に突き飛ばされて、姿を整えようとしている隙もないまま、アルヴィンがわたしの太股付近に腰を落として、わたしを見下しているように見ている。



「なんだよ、びびってんのか、意気地無しなのはどっちだよ」



アルヴィンはスカーフを解き、コートも脱ぎ、それを近くのソファーへと投げた。
本気だ、本気で触れられる。そーゆーことしちゃうつもりだ。



「そっちこそ、そーゆーことできちゃうの?」

「俺を誰だと思ってんだ」

「ダメな大人の男のアルヴィン君、じゃないの?」

「っとに、ムカつく………」



わたしも、どうして、ここまで酷い事を言ってしまったのかがわからない。
沈静していたはずなのに、彼はわたしにも意気地無しと言ってくるから、またカッとなって、彼にたくさんの罵声を浴びせてしまった。

それからの事は、頭が狂いそうなくらいにおかしくなっていったのを知ってる。


本当にすべてが強引だった。荒々しい口づけや、触れてくる指使いも、愛撫も、想像を超えていた。

優しくなんか、なかった。

甘くみていたわけじゃないが、こうまでされてしまうとは、まったくもって思っていなかった。

勢いと成り行きなんだ。ほぼそれに近いと知っていても、それでもどうしてなんだろう。


あなたに壊れそうになるくらいに、中まで奥まで突き動かされているというのに、どうしてそれが、幸せだなんて思ってしまうの。

わたしはずっと、こうしたかったの?

溶け合った肌や、彼の動きがいつの間にか、優しく、ごめん、ごめん、と痛いばかりに神経に伝わってきて、泣きたくなった。


気づけばわたしは、泣いていた。



体力すべてを、そちらにもっていかれてしまったから、わたしは動けなくて、ベッドに寝そべっていたままだった。
目を閉じて、脳内で今起こった出来事を整理しようとする。


(意気地無し、か)


でも、その言葉に嘘なんかない。





「俺は、こうしたかったから、謝らない」



(え……………?)


今、なんて言ったの?
わたしと、こうしたかった……?
既に服を身につけすんでいた彼がまた、わたしを見てそう言って。





「したかったよ、ずっとな」

「じ、冗談………」

「信じるか信じないかは、おたく次第。っとにさ、完全俺の片思いだから、押し付けた事に変わりないが、頼むから優しくさせてくんねえか。大事にさせてくれよ」





彼の顔が、まともに見ることができなかった。
わたしだって、どんな顔をしているのかすら怪しい。

彼と口を利くことができたけど、またわたしは、彼と口を利くことができなくなってしまった。







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タイトル・Evergreen




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