◎ 浮かんだ夢で夜空を渡って
彼女の表情の変化を、一秒たりとも、見逃したことはない。
一緒に旅をしている時も、旅を終えた後も。
仕方がなかった。
自分の性格の影響かもしれないのだが、瞳には、ミラが映ってしまっている。
無意識に追い掛ける。
それも最近になってだが、頻度が少なくなった。
それはミラに興味がなくなったから、というわけではない。
ミラに嫌われないように、必死になっていた自分が、徐々に減少していたからだ。
ミラはジュードが自分を見ていることは気づいていた。
誰かの視線には敏感で、以外とすぐに気が付いた。
それはきっと、自分が突拍子のない事をしようとするから、彼はきっと心配だから、自分のことを見ているんだろうと、そうミラは解釈する。
そのジュードの視線を、ミラは感じることがなくなった。
もう自分を見張る必要はなくなったからか。
世界は平和になったからか。
どうしてだろう、それが、何故か、淋しい。
「ジュード」
その時ジュードは、ベッドで本を読んでいた。
ミラは、ジュードの本を奪い去る。
どうした、一体何があったのか。彼女の顔を見るまでは気が付かなかった。
「何か、あった?」
ジュードはもう戸惑う事はない。
ミラがどんな悪戯をしようとしても、何かをやらかしても、動じる事はない。
気持ちにも心にも、余裕ができた証拠である。
「いつから、こんな顔をするようになったんだ。いつも私を見ていたくせに」
ミラの勢いは止まらなかった。
指に力を込めすぎて、シーツにミラの指跡がくっきりと残っている。
ジュードは一度、シーツに目を向けては、次はミラが何を仕掛けてくるのだろうと、彼女の行動を待った。
「いつからだろうね。忘れちゃったよ」
「君がそういう顔を見せるようになってから、君は私を見なくなった」
「え、そうかな?」
次にミラは、ジュードが先程まで読んでいた本を手に取り、自分の懐に隠してしまった。
そうきたか。ジュードはまた、笑みを零す。
本当に予想外のことをやってくれる人だ。
「見てるよ、いつも」
「けど私は、君の視線を感じなくなった」
「酷いな、ミラは。視線を感じなくなったからって、僕の気持ちは、変わらないのに」
ジュードの大きな掌が、ミラへと伸びた。
ダメだ。ミラはジュードの掌が好きだ。この掌に触れられてしまえば、もう反論することがてきなくなる。
いつも、いつも。
紅い瞳がジュードでいっぱいになり、揺れる。
「僕は満たされたから。君が満たしてくれているから。不安じゃなくなったんだ」
「なら、私は用済みか」
「もう、そんなこと言わないでよ。じゃあ、僕がどれだけ、ミラの事を見ているのか、教えてあげようか?」
「そうだな、教えてくれるのであれば、是非教えてほしいな」
本当に立場が逆転したなと、当時の自分をミラに重ねて、ジュードは見てしまっていた。
ミラだったら、わかってるだろうに。
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タイトル・涙星マーメイドライオン
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