スパイファミリー | ナノ


▽ 舌なめずりした砂




勿論任務となっては、自分の感情や気持ちは後回しだ。任務を遂行する事が自分の役目。
ロイドからまったく別人の黒髪のそれなりの見た目の男性へと変装する。仮面には黒髪が映えると思ったからだ。
仮面舞踏会といえども、相手の女性の仮面越しの顔は把握できる。金髪のロングヘアーではあったが、髪を纏めたり、巻いたりしてくる可能性はあるだろう。絶対に間違えたりはしない。問題はどこに「それ」を仕込んでいるのかというところであった。

彼は今だけ心の奥深くにいる女性の存在に鍵をかける。この女性を思い出しては任務に支障が出てしまうから。今日の目的のモノを回収してすり替えるまでは、彼女の存在は忘れなければならない。ロイド・フォージャーから黄昏へとすべてを塗り替えて、仮面舞踏会の会場へ地を着いた。参加するのは初めてではないものの、いつ入っても知っている有名所の人がたくさんいるのは思わず苦笑いを浮かべてしまう。本人はもちろん、近親者は本当によく見かける。好奇心というものかもしれないが。

会場入りした所で、ロイドはシャンパンを貰い近くの壁に寄りかかり、目を細めながらターゲットを探した。辺りを隈なく見渡し、少しずつ移動もしながら。その間、いくつもの視線が自分に向けられていることも気づいていたが、いかに目線を合わせないかもここでは大事だったりする。
しかし、くいっと一口シャンパンを口にしたその時だった。


「ねえ」


と声をかけられた時、ロイドの瞳孔が一気に開いた。鼓膜に響き渡るその声はとても聞き覚えがあった。
ゆっくりを声がする方向に振り向くと、いつの間にそこにいたのだろうか、今回のターゲットである女性がいたのだ。事前に貰った資料を脳内に思い返して今そこにいる人と照らし合わせても、間違いなく本人だろうと思った。

イベリス・アンバー

本物は清楚で美人だろうと思ってはいたが、本人から放たれているオーラは凄まじく、よく誰にも声をかけられずにきたんだろうと思った。誰かと話していればすぐに見つけられたはずだからだ。そして何よりも自分を驚かせたのはその声色だった。



「・・・もしかして、自分に話しかけて下さってますか?」

「ええ。そうよ」


もう1回声を聞ければ、自分の中の動揺は少しは収まると思った。いつも毎日のように聞いていた「妻」の声と似ていたから激しく動揺してしまった。まさか本人が?と一瞬そう思ってしまったが、それはないという事に整理をして落ち着いた。しっかり聞けば妻とはほんの少しだけ、声のトーンがワントーン低い。しかし本当に似ている。さすがに事前情報で声まで把握はしていなかった。
身長も彼女と比べたら少し低く、体つきも違う。それは毎日見ているから間違えたりするはずはなかった。


「あなたみたいな人が1人でいるなんて、信じられないなと思って」

「こちらこそ、あなたのような方に話しかけていただけるなんて、光栄ですよ」


自分から仕掛けにいくよりも、向こうから来てくれるのはとてつもなく好都合だった。こうして自分の所に来てくれたということは、相手として自分を選んでくれたのだろうと。あとは彼女を逃がさないように自分の手中に抑えてここから連れ出すだけ。
彼女の取引が始まる前になんとかしておかねばならないので、まずはモノが隠されている可能性がある箇所を絞る必要がある。彼女は赤いレースの肩が開いているドレスを着用していて、これはドレスを脱がさなければならないとロイドは判断した。


「よかったら、あちらの部屋でお話しませんか?」

「・・・自分なんかでよければ、喜んで」


あとは、この声じゃなかったら、よかったのに。






「私、この後、とっても大事な事があるんですよ。だから本当はあんまり時間がないんですけど」


すぐ傍の休憩室にひっそりと入った2人。イベリスはそう言うとドアに寄りかかって内鍵をカチっと締めた。ロイドはイベリスの方を見つめて動かずにイベリスの次の言葉を待っていた。イベリスの大事なことは「取引」ということをロイドは知っている。


「でも、その前に、ひと時の時間が欲しかった」


ヒールの音が一歩ずつ近づいてくるのがわかる。ヒールの音が止まった時、イベリスはロイドの目の前にいて、ロイドの手をぎゅっと握り締めて口元を緩ませ微笑んで見せた。仮面を被っているから、その仮面の下はどのような顔をしているのかは定かではない。


「その相手に、自分を?」

「一目で吸い込まれたんです。他の人と違う感じが凄くしたから。あなたは逃してはいけないと思った」


ああどうしてだろうか。イベリスのそのセリフにはとても身に覚えがある。そして先程の気づかないうちに自分の傍にいたことも。
イベリスが自分にむかって体を預けると、そこから聞こえてくる「声」が今日必死に心の中に閉じ込めている彼女を呼び起こしてしまう。違う、彼女ではない。ここにいるのはそうじゃない。何よりも忘れなければならない存在を。


「限りある時間だったら、自分の欲に忠実になってもいいと思ったの。この時だけなんだし」

「欲に、忠実・・・」

「永遠に続くわけじゃないなら、そうじゃない?」

「・・・確かに、そうかもしれませんね」


話し方は違うけれど、それはまるでヨルに言われているようでもあった。本来の彼女はこんなことを言ったりしないというのもわかってて。きっとヨルだったらその逆の事を言うんだろう。
この目の前の女性は自分と同じ考えで、自分が考えている事をこれ以上口に出してほしくなかった。彼女に似た声で自分に確認させないでほしいと。
そこからイベリスの口を塞ぐのに時間はかからなかったけれど、ロイドにはやらなければいけないことがある。それは計り知れない拷問も追加されていた。もうそれ以上はいうまでもない。ヨルに似た甘い声と吐息を聞きながら、イベリスの身体を触れながら探す。
他の女性と身体を重ねなければならない事を覚悟はしていたが、声が似ている状態になる事をまったく想定していない。ヨルじゃない。そうじゃない。声を聞かないように口を塞いでも吐息は漏れるし、口を押さえつけるのはあまりにも不自然すぎる。

それでももしも、自分と身体を重ねた時のヨルはこんな風に啼いてくれるのだろうかと思ってしまう。


(ーーーー見つけた)


ロイドが予想していた箇所に例のモノは見つかった。ヌーブラの裏に貼られている状態だった。一応いくつかのチップを用意しておいて正解だった。同じものがあるから、あとは目の前の彼女が視線を反らしている間にすり替える。それは一瞬でもいいから意識を飛ばせる必要があるわけで。


(君は災難だと思う)


情など持っていけない。女性と身体を重ねるのも久しぶりで、そこに愛とか情とか抱いた事は今までなかったし、ただ自分は気持ち良くなって終わるだけ。すべては任務の為。だけど今回だけは少し違う。組織としても重大な任務中に自分は1人の女性に本当に恋してしまって、溢れて、少しずつ漏れて、抑えきれなくて、欲しくて、欲しくて。我慢して、遠ざけて、だから少しでも離れていれば、心に溢れている気持ちは忘れていくんじゃないかって思っていた。

(逃していけないと思った男が、今、他の女を思い浮かべているんだから)


イベリスがヨルと似たような声じゃなかったら、きっと無になってとっとと見つけて終わらせて、早々にこの場を去っていたと思う。
他の女とこういう事をしている事にはもちろん今の自分には嫌悪感は残る。
聞きたくて、聞きたくて、溜まらない。
本物のあなたが啼いている声を。


「・・・っ・・・・・や・・もう・・・・・!!」

イベリスがもう降参だと声を挙げるのにそんなに時間はかからなかった。バックから突き上げるとちょうど子宮のいい所に当たりやすくなることを知っているので、そこを念入りに律動を早めていくと、イベリスの足ががくがくと震えて倒れそうになるのをしっかり抱えながらロイドは自分の役目を果たした。力が抜けてしまった彼女をソファーに寝かせて、自分は床に散らばっている服を回収する。その時に例のチップをすり替えて、これで完全に任務は完了した。備えにあった水を一口飲んで、彼女の元へも持って行った。

「・・・良すぎてびっくりしちゃった」

「それは、よかった」

「こんな場じゃなかったら、また会いたいって言えたんだけど」

「お互い様ですね」

こういう場はその場限りというのが暗黙のルールでもあり、それ以上を詮索されにくいというのが非常に助かる。

「本当、この限りある時間だから、一気に燃え上がったりするのよね」

「期限があると、そうなりやすいのかもしれないですね」



普段はこう思ったりすることはないのだけど、この後の彼女の行く末を少なからず祈りながら、ロイドは彼女と別れて、会場を後にした。夜風に当たって、身体の熱も冷めてきた所で一気に脱力する。一刻も早く部屋に帰ってベッドに倒れ込みたい。汗ばんでいる身体も、香水の香りも洗い流したい。
帰宅した時に真っ先にシャワーに飛び込んで温かいお湯に包まれる。イベリスの身体の事よりもずっと離れない啼いている声が。
少し日を置いて帰らないと、他の女と身体を繋げたこともそうだが、本物のヨルを見た時に自分はどうしてしまうかわからない。アーニャがいれば多少は自分を抑え込む事ができるから、問題はヨルと2人きりになった時だ。まさかこんな事態になるとまったく想定していなかったので、昨日とまったく違う感情に悩まされる事になると思っていなかった。





「え、少し伸びるんですか?」

「すみません、ちょっとトラブルが発生してしまったので、あと3日ほどになるかと」

「それは大変ですね・・・わかりました!こちらはお任せくださいね」


幸か不幸か、ロイドは管理官から追加の任務を託されて、家に帰る期間がわずかだが伸びた。
ヨルに電話する時に罪悪感も含め少し緊張してしまっていたが、やはり受話器から聞こえる本物のヨルの声は全然違っていた。
でも、それでも。


「早く、帰りたいです」


とついうっかり口に出してしまったのだ。


(しまった・・・本当ヨルさんが絡むと弛んでるぞ黄昏・・・!)


「・・・あ・・・・・」

「あ、時間がきちゃったので切ります!」


ヨルの言葉を聞かずにロイドは電話を切った。
ツーツーツーと聞こえている受話器をしばらく耳に当てていたヨルは、


「・・・待ってますね」




と呟いた。






prev / next

[ back to top ]


「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -