スパイファミリー | ナノ

▽ このままじゃ愛されてしまう



「ロイドさん、本日もお疲れ様でした」

22時過ぎ、娘のアーニャも深い眠りにつき、ここからは夫婦の時間となる。
仮初の夫婦であるのだから、正直この時間を設けるかどうかも、最初はロイドも考えていた。今まで共に住むところを共有してきた女性とは、所謂大人の時間に突入してくると「そういうこと」を求めてくる女が多い。ロイドからしたらターゲットに近づくための視点でしか見ることが多く、気持ちも何もかけらのない、言い方は悪いは性処理の道具にしかすぎなかった。だから今のパートナーであるヨルも自分を求めてくると正直そう思ってしまっていた。
ヨルからお疲れ様と言われて差し出されたのはコーヒーである。本来ならば軽くお酒を呑む所になると思うがヨルはとてもお酒が弱い。呑んでしまうとすぐに酔っ払ってしまうため、その事を覚えたロイドは「ヨルさんの淹れたコーヒーを飲みたいから」と言ってお酒の選択肢を外し、2人の時間を過ごす際のお供はコーヒーになった。
そして今日も他愛のない会話を交わす。8割は娘であるアーニャの話になってはいるが、いつもヨルがにこにこ笑いながら話してくれるから、ロイドはそれが心地よかったりもしていた、こんな経験は今までにない。この人と出会ってからは初めてが多すぎる。ヨルの事を考えて設けたこの時間も、最初は座る場所にも距離があったが、今は90度から数センチへと変わっていた。

「ふふふ」

マグカップを持ちながらヨルは幸せそうな笑みを浮かべている。

「どうしました?」

顔を首を捻りヨルの方に視線を向ける。そうしてヨルが次に言葉を発して顔を上げた時、ロイドの顔があまりにも近くて、ヨルは驚いて思わず固まってしまった。

(いつの間に、こんなに)

距離が縮まっていたのだろうか。気がつかなかった。手を伸ばした所にも届かない位置にいたはずなのに、もう一歩ズレてしまえば触れ合えてしまう位置にロイドはいたのだ。人と馴れ合うことが馴れてないおらず、距離の詰め方もわからなかったヨルだったが、こうなって初めて、ロイドがゆっくりと距離を縮めてきてくれていたことに気づいた。そして自分も心を許してきていることも。

「あ、いえ、その」

やはり恥ずかしくなってしまって、コーヒーを一気飲みしてしまいそうになった。このコーヒーを飲み終われば今日の夫婦の時間はこれで終わりだ。グイッといこうと思ったが、マグカップを持ったままヨルは固まって俯いてしまった。

「・・・・・・・」

そんなヨルを黙って見ていたロイドだったが、マグカップをテーブルにコトっと置くと、今は髪を下ろしているヨルの綺麗な長い黒髪に手を伸ばして触れていた。

「えっ、えっ・・・ロイドさん・・・?」

突然の出来事にヨルの体は更に硬直して固まってしまう。
近い。近すぎる。どうしていいのかわからない。恥ずかしい。ぎゅっっと目を閉じて頑張って耐えようと思った。近すぎるからロイドの匂いも微かながらに感じ取れてしまう。

「あ、す、すみません。つい。いつも綺麗な黒髪だなあと思っていたんですが、今のヨルさんを見ていたらなんか、その思わず」


体が勝手に動いてしまったなどと言えるわけがない。あんなに無防備に幸せそうに笑うから。なんだかそわそわして落ち着かない。ロイドも同じくコーヒーを飲み干してしまおうと思った。こうしてヨルの隣に行くようになったのも無意識だ。時が経つにつれて気づいたら隣に座るのが当たり前になっていたから。こうしてすぐに体に触れることができてしまうくらい傍に。本当は顔に触れてしまう所だった。顔に触れる直前に気づいて、髪に方向転換をしたのだ。髪に触れてみたかったというのも嘘ではないが、表面は取り繕っていても、心の中は尋常じゃないくらいに動揺している。いつもならば恥ずかしくなって逃げてしまうはずだから、どうか早くヨルさんコーヒーを早く飲み干してくれとヨルを見ながらロイドは願う。しかしヨルは目をぎゅうっと閉じてしまって動かないため、そうなることは叶わない。


(ここはオレがこの状況を終わりにするしかないのか、でも)

そう、ヨルが逃げないのだ。こんなに顔を真っ赤にしているのに。
もしかしたら肌に触れてしまえば流石に、そう考えたロイドは髪の毛からヨルの顔へと指先を移動させた。ビクッとヨルの体が反応した。ロイドの親指がこすこすとヨルの頬を優しく撫でている。これはやばい。本当にまずい。こんなに優しく触れられているなんて。

(わ、私は一体どうしたらいいのでしょうか・・・でも、でも・・・)

嫌じゃない、気持ちがいい。ロイドもヨルが動かないので、留まる事を忘れて、親指が頬から唇へと移動していく。

「・・・っつ」

流石に口から声が漏れてしまった。しかも今まで聞いたことがないような声だ。このような声を聞いてしまうと、流石のロイドも指先からゾクゾクっと全身を震わせる。変な気持ちになってしまう。今まで相手から求められていたことがほとんどだったのに、ヨルはそうではない。こんなに可愛い反応をするのは演技でもなんでもない、素であることもわかっている。だからこそより可愛さが際立つのだ。

「ヨルさん」

いつも聴き馴れているロイドが自分を呼ぶ声も今のヨルを刺激するのには充分すぎて、また身体がぴくっと疼いた。今度は何をされるのだろうか。自分はどうすればいいんだろうか。
次にロイドがしたことは、ヨルの肩を引き寄せて、自分の胸元にそっと迎え入れる。

「目を開けても大丈夫ですよ」

こうすれば自分と目を合わせる必要もないし、自分の行動の抑制も抑えられるし、ヨルの恥ずかしさも少しは抑えられるとそう思ったロイドは、ヨルの肩を抱きながら自分に言い聞かせる。これもヨルにとっては大分キャパオーバーになる事ではあったが、顔を見られることがないというのがかなり大きくて、ゆっくりと目を開けた。細身に見えるのにガッチリとしている胸元、そして体つき。弟とは違う、男の人なんだと思い知らされる。
そしてそれはロイドの方も同じくだった。ヨルの体つきははっきり言ってエロい。こんなに細いのに目のやり場に困る身体をしている。そしてとても、とても、柔らかい。
さてここからどうしたらいいだろうか。ここから言葉すらも出てこない。ペースが掴めない。

「あの・・・」

先に沈黙を破ってくれたのはヨルの方だった。

「私も、ロイドさんに触れても大丈夫でしょうか?」
「え」

それは思いもよらぬ言葉だった。ずっと自身の胸元に手をギュッとして行き場をなくしていたいたヨルの両手がロイドに触れてみたいという思考が疼いて、勝手に動いてしまいそうななったのだ。確実に少しずつまた、距離が縮まってきている。超えそうで超えない微妙な位置の所まで近づいてきている。ヨルが嫌でないのなら、ロイドには断る権利はない。

「もちろん。どうぞ」

おずおずと動かしたヨルの左手はロイドの左胸に触れてそしてそっとそこを優しく撫でた。そして左手は左肩へと移動する。

(・・・・・・!)

これはもう間違いなく無意識だ。もしかしたら弟と比べているのかもしれないが、触れられた所にビリビリと電気が走る。抱き寄せているためにヨルの胸が直に感じられる。意識を別のどこかに移動させようとしているが少しずつ、少しずつ、自分から余裕がなくなってきているのが怖いくらいに分かる。

(流石にもう、コーヒーを)

空いている右腕を伸ばそうとグイッと身体を起こしたロイドだったが、それの弾みでヨルを強く抱きしめてしまい、更に密着度が増してしまった。

「きゃっ・・・」

ヨルも驚いてロイドを受け止めるように背中に手を回してしまい、ロイドはヨルをぎっちりと抱きしめている状態へとなる。マグカップへの距離は残りわずかだった。そうなってしまっては簡単に話せるはずがなかった。お互いにそうだ。身動きを取ることができずでも身体が離れてくないと言ってるから離れることはできない。初めてお互いの身体をしっかりと感じていてブワッと込み上げてくる。

「すみません・・・嫌だったら離れてください」

「ロイドさんこそ、私が触れたのが嫌だったのでは・・・だって今コーヒーを飲もうと」

「いえ、それは・・・嫌だったわけではありません。これ以上近づいてしまうと、オレが色々とやばいことになりそうなので・・・」

「やばいこと・・・」

「なので、今日のこの時間を終わりにするかはヨルさんが決めて下さい。終わりにするならボクはコーヒーを飲み干しますから」

自分もしっかりとロイドの背中に手を回してしまっているし、まだまだ全然恥ずかしい気持ちもあるし、どうすればいいかもわからないのに、どうしてだろうか離れたくない気持ちが強くなってきて、終わってほしくないと思った。ロイドもヨルの背中に手を回しているから、今お互いに抱き合っている状態だ。誰かに抱きしめられるという感覚を生まれて初めて味わっている。自分は弟をよく抱きしめていたが、こうされることの心地よさがすごくたまらない。更に相手が心を許しているロイドだからというのもあるだろう。

「・・・・・・さい」
「・・・?」
「コーヒー・・・飲まないでください・・・」

掠れた声でそう呟くと、ヨルはぶり返してロイドの胸元に顔をうずめて動かなくなった。背中に回している手がプルプルと震えている。これは怖がっているわけではないと言うのもわかったし、何よりヨルがコーヒーを飲まないでと言ったことに驚いて、一瞬緩んだ左手も再び力が篭った。更に右手も加わったことにより、ヨルの身体はロイドにガッチリとホールドされる。ついにここまできてしまった。偽装夫婦だからそういうこともないだろうと思っていたし、拒絶もされていたし、このまま時は過ぎ去って目的を達成していくだろうと思っていたから。何度でも言う。生まれて始めてだ。自分からこうして手を伸ばしてしまったのは。

「ヨル・・・」

ギュッと抱きしめた後、身体を離して先程と同じようにヨルの頬に触れた。目を閉じていたヨルは目を開けていてロイドを見上げている。

(マジでもうやばすぎるだろ、ヨルさん)

あの時は未遂で終わって近づくことがなかった2人の唇がゆっくりと縮まって、そして重なった。ゆっくり、ゆっくり怖がらせないようにしなければと自分に言い聞かせながらヨルの口内を広げていく。

「んん・・・・」
「っ・・・大丈夫、少し口を開いて」

呼吸を整えながら、ヨルは口をそっと開くとロイドの唇がそこに噛みつき、はむっと咥えながらヨルの舌を探しにいった。発見すると唇を押し込んでゆっくりと舌を絡ませていく。この流れがヨルの全身を震えさせるのには十分すぎて、初めての感覚に思考がとろんとしていくのがわかる。それでもロイドの背中からは手を離すことはなくギュッとしがみついて離さなかった。このヨルの仕草がとても可愛すぎて、ロイドを更に煽る。

(ダメだ、抑えられない・・・)

あまりがっつくという性分ではないのだが、もっと味わいたいと思ってしまってキスを止めるという選択肢が頭の中になく、ヨルの吐息を耳に入れながらキスを続けてしまっていた。
一方のヨルはもう何がなんだか訳がわからずにただ必死にロイドについていくことで精一杯。それでも嫌だという気持ちがなくてむしろもっとと思ってしまい、時たまロイドの名前を呼んだ。

「ろい・・どさ・・っっっっ」

コーヒーの味がする。私とロイドさんが一緒に飲んでたコーヒーの味。そして初めて味わうキスの味。一度これを経験してしまったら、次が普通になるなんてそんなことはもうあり得ないんだ。だって次もあるかもしれないと、お互いをそういう目で見つめてしまう。

自分達は偽装夫婦だというのに。



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