スパイファミリー | ナノ


▽ あなたの手で私は




ロイドさんが出張へ出かけてから、私はずっとロイドさんの事を考えている。

もちろん、仕事中やいばら姫としての仕事。そしてとても大切なアーニャさんとの生活。
時々フランキーさんも様子を見に来てくれて、日々は過ぎていったけれど。

アーニャが就寝して、ひとりの時間になると、普段顔を合わせている人がいない喪失感に襲われる。

そして考える。

ロイドさんはいつから、私の事を、そういう目で見ていたんだろう。
好きでいてくれたんだろう。

リビングのソファーに座って、今ここにはいない、向かいのソファーに座っているロイドの姿を思い浮かべて。

いつも微笑んでくれるから、優しい人だなって、思っていたんです。
私がどんなヘマをしてしまっても、さりげなくサポートしてくれる。励ましてくれる。
それに甘えてしまっている部分もあるってことも、わかっています。
あなたの傍にいると私は、酷く安心してしまっていた。

だからあの時、目を覚ました時に、ロイドさんが私に覆い被さっている事も、あの言葉も、そして・・・キ、キスも。

思考がパンクして、抱えきれなくて、状況を受け入れる事が出来なかった。


この一件から、私のロイドさんへの見方が変わった。
最初はとても恥ずかしく、会話をまともに交わす事すらできなかったけど、周りから見たらいつも通りのロイドさんだったと思う。

だけど私は気づいてしまった。

いつも通りだけどいつも通りじゃなかった。

ロイドさんの事を意識して、よく見るようになってから気が付いた。


一緒に住み始めた時と、そして今と、微笑みが若干違うということ。
ああ、最初はやっぱり作り笑いだったのかって、こうなって初めて気づいて。
そうですよね、いくら結婚しているとはいえ、お互いの事を何も知らないし、仮初の夫婦なのですから。

いつから変わっていたのか、そこに私がもっと早く気づいていたらって、とても悔しく思うんです。

変わっていたのは微笑みだけじゃなかったですけど。

私へ向ける視線もそうです。

昔と今と全然違います。


あなたに抱きしめられて、密着して、私が恥ずかしくて逃げ出したくなるのもわかっていて、それでも私の気持ちを優先して動いて下さってる。
恥ずかしさが勝ってしまって、上手く話すことはできなかったですけど、嫌ではなかったんです。
過去に踵で蹴ってしまったり、殴ってしまったり、危害を加えてしまった事がありますけど。

ホットミルクを出して下さった時、私は手も足も出なかった。

・・・もっとこうしてほしいと、思ってしまっていました。


私の目の前にいる幻想のロイドさんは、ずっと優しく笑いながら、頷いて下さっている。

わかったからこそ、ちょっとした違和感にも反応するようになった。
それはロイドが出発する前日の出来事。

あの時、ロイドさんは私に気を使ってその場を立ち去ってしまいました。
いつもとちょっと様子が違う。
そしてそれはお見送りをする時もそうでした。私と目を合わせた時の表情が、暮らし始めたころに戻っています。
時間がないから詳しく聞くことはできませんでしたけど。
ロイドさんの変化がわかるくらい、私もロイドさんの事を見るようになっています。
一番近くで、あなたの事を見ていたい。知りたい。
我慢とかしないでほしい。

もしロイドさんにそう言ったら、迷惑をかけてしまうでしょうか。



ちょうど物思いに耽っていた時に、電話が鳴った。
大体電話をかけてくるとしたらフランキーだなと思い、ヨルは受話器を取る。

「はい。もしもし、フォージャーです」

応対しても受話器の向こうからは声は聞こえてこなかった。
とりあえずフランキーではないことはわかったのだが。
ほんの一瞬だけど、小さい声で「っ」という声が聞こえたのだ。
ヨルは目を見開いて、受話器をぎゅっと握り締めた。

「・・・ロイドさん?」

『・・・あ、すみません、名乗るのが遅くなって。でもどうして、ボクだってわかったんですか』

ああやっぱりそうだった。毎日聞いている声だ。
反応を見る限り少しびっくりしているようだった。

「少し声が聞こえたんです、それがロイドさんだったから、そうかなって」
『耳、良すぎますよ』
「あ、え、あ、そうかもしれません、ね」

いばら姫の仕事をこなしている以上、周りの些細な音には敏感になっている為、耳はよくすましてしまっている。
ちょっとそれに焦ってしまって、あわあわした態度になってしまった。上手く取り繕えられただろうか。
それにしても久しぶりとのロイドとの会話だ。少し心がふわふわしている。

『お変わりなく過ごしていますか?』
「はい、最初はアーニャさんも淋しがっていましたけど、学校もありますし、元気に過ごしてますよ」
『・・・ヨルさんも、お変わりないですか?』
「え、あ、私は、その・・・」

ついさっきまで、幻想のロイドと向かい合っていただなって口が裂けても言えない。
電話越しではあるが本物のロイドと言葉を交わしている。
あなたがいない日々、私は改めてあなたと向き合っているけれど、その相手からは言葉は返ってくることはない。
こうして言葉が返ってくる喜びを感じたと同時に、押し寄せてくる感情があった。

「・・・しいな、って」
『・・・?』
「その・・・、淋しい、な、って・・・」


そう、とても淋しかった。
いつも当たり前に傍にいてくれる人がいない、1日だけではなく何日も。
いないからこそ、たくさんたくさん考えてしまう。
そのおかげで、自分の気持ちと向き合う事ができたのはありがたいことではあった。

『ヨルさん・・・』
「あ、ああああああの、やっぱり、その、当たり前に、一緒に過ごしてきたから、ロイドさんが家にいない夜は、朝は、いつもと違くって、こう、ぽっかり、穴が開いた感じがするんです。それに・・・」

また焦って上手く話すことができない自分にバカバカと心の中でツッコミつつ、ヨルは自分の伝えたいことをゆっくりと話そうと思った。
嘘偽りなく、正直に。

『・・・それに?』
「あ、会いたいなぁ、って。声が聞きたいなぁって、思ってしまってて。そうしたら電話がかかってきたんです。だから」

これは本当に恥ずかしかった。恥ずかしかったけど今1番ロイドに言いたかったことだ。
会いたい。声が聞きたい。淋しい。だから電話がきて本当にびっくりしたんだけど、でもそれ以上の気持ちが生まれて。

『嬉しかったですか?』
「・・・恥ずかしいので、言わないでください・・・」

すごく、すごく、嬉しかった。
鏡に映る自分はきっとすごく顔が緩んでいるのかもしれない。
もうひとつ嬉しかったのは、ロイドが最近のロイドに戻っているとわかったことだ。明らかに声が違っていた。

『・・・オレは、嬉しいですよ』
「・・・!」
『嬉しいです』
「・・・はい。」

ロイドも嬉しいと思ってくれていることがとても嬉しくて、ヨルはほっと胸を撫で下ろした。
この状態に水を差すわけにもいかないなと思い、出発直前まで様子がおかしかった件は聞くのを止めた。
こうして会話ができたことが本当に幸せだった。

「お仕事頑張って下さいね」
『・・・はい、頑張りますね』
「ロイドさん?」
『あ、明日が今回の1番ピークの仕事なので、気が滅入っているんです』
「そうだったんですね。すみません、私、励ます事しか」
『いいんですよ、こうして声が聞けただけで充分です。じゃあ、おやすみなさい』


最後のロイドの声は本当に憂鬱そうだったのが伝わってきた。
こればかりは自分はどうすることもできないので、頑張って下さいと伝えることしかできない。
頑張って下さい、と呟いて受話器を置き、ソファーの方へ振り返ると、さっきまでそこにいた幻想のロイドはいなくなっていた。




そして数日後、ロイドの出張が少し伸びる事を知らされる。

「え、少し伸びるんですか?」
『すみません、ちょっとトラブルが発生してしまったので、あと3日ほどになるかと』
「それは大変ですね・・・わかりました!こちらはお任せくださいね」

こればかりは仕方がない。淋しいけれど、こうしてまた声も聞くことができたし、ロイドの方が大変だということも理解しているので、自分は自分の役目を全うするのみだ。
だけど次に受話器の向こう側から聞こえてきた言葉につい驚いてしまった。


『早く、帰りたいです』


ロイドからはほとんど仕事に対する愚痴みたいな感じなのを聞いたことがないので、こういう弱音みたいなセリフを発してくるのが珍しいと思い、相当大変なんだろうなとヨルは思った。

「・・・あ・・・・・」
『あ、時間がきちゃったので切ります!』



その後すぐにロイドの電話が切れてしまったので、どうしたんですかとか、話を聞いてあげたりとかはできなかった。
電話がしばらく切れた状態で、その場に突っ立っていてしまったけれど、ロイドと離れている間に、いろいろ自分の気持ちを整理すことはできたような気がする。
自分がロイドを思う気持ちに名前をなんとつければいいのか、ロイドが求めているものに応えられるのどうか。この辺りは申し訳ないが初心者なので、彼をたくさん困らせてしまうかもしれない。
彼が帰ってきたら自分が思っていることを話したい。ロイドはなんて返してくれるだろうか。

「・・・待ってますね」




私は今、ロイドさん、あなたにとてもお会いしたいです。





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