Tales of belceria | ナノ

  触れて、掴んで(ロクベル)



初めて彼女を抱きしめたのは、オスカーやテレサを喰らってギリギリな精神状態で自分を保って揺れ動いているあの時だった。
今思えば、アバルの村に着いた時からベルベットはどこかおかしかった。後々になってマギルゥやエレノアに詳しい話を聞いた時になんとなくだが彼女の心情は察した。言葉の棘も感情の起伏も今まで見たことがないくらいに激しくて、彼女も皆も一線を引いている最中、俺はどうしてもこいつを放っておくことができなかった。かと言え、俺に一体何ができるのか、それはよくわかっていなかった。

「こういう時は何もしない方が無難だぞ」

アイゼンにそう話を持ちかけたら、アイゼンは言葉を絞ってそう呟いた。

「何も、しない・・・」
「何の言葉が、行動がトリガーになるかわからん。今のあいつは極限状態だ。何をしでかすかどうかも」
「それでも、俺は放っておけないんだ。なんでこんな気持ちになるのか、よくわからないんだが」

俺のこのよくわからない気持ちにも、アイゼンは黙って話を聞いてくれた。ただ恩を返したいからとか、そういう気持ちではないんだ、今にも倒れそうなその体を、支えてやりたい、抱きしめてあげたい。この腕の中に。ベルベットにしてやりたいことをアイゼンにそのまま伝えたら、アイゼンは一瞬だけ目を丸くして無言になった。

「ん、なんだよアイゼン、俺なんかおかしなこと言ったか?」
「・・・いや、別に。ロクロウ、お前、それって・・・」
「?」
「・・・・・・・・・・」

なんでアイゼンが鋭い目で俺を見ているのかは理解することができなかったが、俺はベルベットにそうしてやりたいと思っていたのだ。強いんだってそう思ってずっと傍で見てきたけれど、忘れてはいけない。彼女も1人の女だということを。興味があって、傍にいたくてずっと一緒にいた。だから彼女がこんな状態の時に何もしてやれないのは見ていてとても辛い。

「ロクロウ。お前のしたいこと、男としてやるべきだ」
「いいのか?」
「お前なら、大丈夫だ。いや寧ろ頼む。お前しかいない」

アイゼンから思わぬ返答が貰えた。これで俺はしてはいけないことじゃないという確証を得ることができた。善は急げだとそう思って、アイゼンに礼を言った後、俺は急いでベルベットの所に向かった。宿屋に行くとベルベットはそこにはいなくて、辺りを見渡してベルベットを探す。ああ、ダメだ。姿が見えないだけでどうしてこんなに不安になるんだ。こんな気持ちにさせるんだ。息を切らして走りながら、ようやく港の船が立ち並んでいる所の目立たない所にひっそりと佇んでいるベルベットを発見した。
少しずつ距離を縮めながら俺はベルベットの所へ近づいた。人の気配に気づいたのか、早い段階でベルベットはすぐに振り向いた。

「なんだ、あんたか」

憔悴しきった顔でベルベットは俺の方を見る。その瞬間に俺はもういてもたってもいられなくて、ベルベットの腕を掴んで自分の所に引き寄せて抱きしめた。

「え、何、ちょっと・・・」

やはりいきなりこんな事をされたから、ベルベットは困惑していたのはわかっていたけれど、俺は何も言わないでベルベットをそのまま抱きしめ続けた。力いっぱい。最初は体に力が入っていたベルベットだったが、徐々に体の力が抜けて体重を自分の方に預けてくれているのがわかった。俺はこの体をずっとこの腕の中に閉じ込めておきたくて堪らなかった。

「苦しいわ」
「応」
「わかってるなら、もう少し力を緩めて」
「それは、まだこうしていてもいいってことか」
「・・・」

返事はない。だが離してくれとは言われていない。少し腕の力を緩めてみたら、彼女の両腕が自分の背中に回されてきてぎゅっと俺の服を掴む。その手から震えてるのが伝わってきて、それがわかった瞬間に俺はまた力を入れられずにはいられなかった。
そんなことされたら、彼女は俺を求めていてくれているんだってそう思ってしまう。

「どうして、こんなことするの」

腕の中から声が聞こえる。

「ずっと、こうしたかったんだ。お前をこの腕に抱きしめてやりたかった。でもそれをしていいのかわからなくて、できなかった」
「そう」
「でも、やっぱそうすることができてよかった。お前が嫌がらないでくれたのもよかった」

ベルベットが今、どんな顔をしてくれているのかはわからないし、突き飛ばされることも視野に入れていたのだが、そうされずにこうして腕の中にいてくれたのは何故だか嬉しくて仕方がない。
ベルベットはロクロウに抱きしめられた瞬間に何かがぷつんと切れたと、そう言っていた。今まで誰かを抱きしめる立場にいた自分が初めて抱きしめられたのだ。しかも心を開いていたロクロウにだ。気心知れた男の腕の中にいる、初めて味わうこの感覚になんとも言えない気持ちでいろんなものが弾けてしまったのだと。顔を見せなかったのは、涙を流してしまったからだと。

「でもあんたの事だから、他の人にもこういうことしそうよね」
「いや、俺はベルベットしか抱きしめたいとは思わない」
「その根拠はなによ」
「俺、どうやらお前にしか興味がわかないみたいなんだよな」
「・・・・・・・・・・」
「今だって、お前が腕を回してくれたってことは、俺を受け入れてくれたってことで嬉しい俺がいるし。できることなら、ずっとこうしてたいくらい」

本当にな、そうなんだよ。お前の役に立てるならそれが本望で、他の女なんて目にも入らないくらい俺はベルベットの事しか考えていなかったんだ。今もこうしてはっきり言える。俺の中でお前が俺のすべて。だから何かしてあげたいのにしてあげられないのが辛くて堪らなかった。

「お前の支えになりたいんだよ、俺は」
「・・・参ったわ」

どうしてこの男はって、ベルベットはそう思ったらしい。
俺はお前が必要としてくれるなら、いくらでもお前の力になるし、傍にいるからとそう言った。ベルベットは「あんたは本当にバカよ」と唇を震わせながらそう返してくれた。


後々アイゼンにお礼を言いに言ったらアイゼンはふっと笑っては、俺の肩をぽんと叩いた。

「お前は立派な男だな、ロクロウ」

そう言われた時に一瞬なんのことだかわからなくて、きょとんとしてしまったけれど、後々になってその言葉の意味を深く深く理解した。
好きな女に何かあった時こそ動くことができるのが真の男なのだということを。




あれ以来、俺はベルベットとの時間が更に増えて、こうして抱きしめあう事が増えた。
俺からも、ベルベットからも互いを求めている。前からでなく背後から抱きしめる事もあった。そうしながら語り合い、気づけば夜が明ける。日に日に近づいていく心の距離が、こんなにも嬉しいものだったのかと。

(もっともっと、俺でいっぱいになればいいのに)

今はアルトリウスやカノヌシの事が彼女のすべてになっているが、それが終わったらベルベットのすべてが、俺だけになってしまえばいいのに。

お前を抱きしめる度に俺はそう思ってしまうんだ。







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