Tales of belceria | ナノ

  感染(ロクベル)


復讐という言葉が今までの自分の心の拠り所だった。だから強くなりたいと願って願い続けて毎日業魔を喰らい続けた。
業魔は元人間だ。それを知ったのは自分が業魔になってしまった時の自分の周りに倒れこんでいるアバルの村の人見た時だ。

(あたしが、みんなを殺した)

業魔といえども、人間で自分がずっとお世話になってきた人達だ。大好きだったみんなを自分の手で殺めたと知った時は、ライフィセットの死で壊れてしまった心を更に粉々にしてしまうには充分すぎた。
毎日のように目の前で息絶えていく業魔を見ながら喰らう自分の右手。次第に慣れてしまっていく自分。ああそうか。これが人じゃなくなっていくことなのか、と。

ベルベットが自我を保てなくなる時が周期的に訪れていた。それは満月の夜だ。
緋の夜の時に刻み込まれたあの丸い月に反応しては、瞳の色が琥珀から深紅に染まる。
そうなると自分のコントロールができなくなるのだ。

そしてその相手を務めるのが、他でもない。同じ業魔であるロクロウだった。


「ロクロウ。今日頼むわ」

日が沈む間際にベルベットはロクロウに小声で呟く。ロクロウは返答することはなく、ただ黙って頷くのみ。
街の外に出ていくベルベットの背中が見えなくなるまで、ロクロウはベルベットを見続けた。
やがて夜になり、ロクロウは街を出てベルベットが待つ場所へと向かっている。
大きな満月に照らされて、その元に降り立つ左手で喰らう業魔ベルベット。

ロクロウが草を踏む音に気づいた彼女は振り返り、にやりと笑った。
瞳の色は紅く染まり、舌を出してぺろりと唇を舐めては、左手を業魔化させてロクロウに襲いかかる。

「きたなあああああぁぁぁあたしの獲物おおぉぉ!!!!」

勿論並大抵の力では業魔の、喰魔であるベルベットには及ばない可能性も出てくる。最初にベルベットのこの状態になった時は情けないが自分もそう思ってしまったが、強い相手だということが、ロクロウの本能をぶっ叩く。

本気でやりたい。斬りたい。斬りたい。
次第に加減をすることを忘れては、ロクロウも我の欲求のままにベルベットに切りかかっていくのだ。

強い力を欲しているベルベットは、ここまで自分に応戦できる業魔に出会えるとは思わなかった為に、ロクロウと剣を交えている時の自分の左手が疼くのを止められずにいた。

食べたい。食べたい。骨の髄まで食べ尽くしたい。

「今日こそあんたを喰わせてもらうわ」
「それはこっちのセリフだなー、みじん切りにしてやるから覚悟しろよ、ベルベット!!」

その死闘は月が見えなくなるまで続く。空が明るくなってくるのがその合図だ。月の光が弱まるとベルベットの瞳の色がいつもの琥珀色に戻り、自我を取り戻していく。瞳の色が紅くなくなったのが確認できたと同時にロクロウは、本気のベルベットではなくなった、と判断して斬りたくて堪らない気持ちが抑えられていくのだ。

もちろん無傷ということはなくて、身体中のありとあらゆる所が傷だらけだ。本気でやりあった証拠である。

「はぁ、はぁ、っ」

剣を下ろしたベルベットは、地面にしゃがみこんでそのまま草の上に寝転がった。

「っててて・・・いやー今日もこりゃ派手にやったもんだ」

ベルベットに並んでロクロウも草の上に倒れこんだ。

「それはこっちのセリフ」

互いに戦いで体力を消耗したのと、負った傷のせいで動けずに、こうやって横になるのも毎度のことだった。
自我を保てなくなると、ベルベットは狂ったように暴れまわり見境なく喰らっていく。いなくなったベルベットを探して最初にその光景を目の当たりにしてしまった時は正直震えた。返り血をたっぷり浴びながら鋭く見つめる紅い眼光。
ただ怖くて震えたわけではない。ぞくぞくしたのだ。本能に身を任せている彼女に。

「次はあんたを殺すかもしれないわよ」
「俺も次はベルベットを斬り刻んちまうかもな」

ロクロウがいてくれなかったら、自分は共に旅をしてくれている他の仲間を喰い殺してしまっていたかもしれない、そう思うと恐ろしい。殺すことに慣れてしまったといえども、情を抱いてしまった相手を殺めてしまうあの気持ちは感覚はもう味わいたくない、そんな気持ちが心の片隅に残されている。

「ベルベット」

ロクロウは片手に小剣を握っては、ベルベットの方に寝転がり、彼女の首もとに剣を突き刺した。

「・・・!」
「お前を斬るのは俺だかんな。だからお前は絶対俺が守る」

まだ身体を上手く動かせないベルベットは、自分に覆い被さるロクロウに対抗する力はなかった。けれども、左手なら。

「あんたを喰うのもあたしよ。いつかあんたを、この手に取り込んで見せるわ」

左手を業魔化させてロクロウの頭に触れそうで触れない距離に近づけてベルベットはそう告げた。後に左手を元に戻してはロクロウの頬についた、自分が傷をつけた箇所をそっと撫でる。
それに連鎖するように、ロクロウは剣を地面に突き刺して、ベルベットの体に完全に覆い被さる。

(重い。潰されてしまいそう)

この男を自分が喰らい尽くしたら、どんな気持ちになるんだろうか。
情がある相手だ。空虚に満ちるかもしれない。
それでも自我のなくなったあたしは、いつかこの男を欲のままに喰らうんだろう。



「だから、死なないでよ」



そうしていつか終わりが来る時は、この重みで踏み潰して。






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