Even if nothing comes


光、そして要が戻ってきて、数日がたった。二人と念願の再会を果たしたちさきは、涙なしに喜ばずにはいられなかった。また、こうして話ができるなんて、思ってもいなかったから。夢を見ているみたいだった。
二人にとってはまだ数日しかたっていなくて、自分とは違う、違うんだ。そう思わないわけがない。めんどくさいことを考えているのもわかる。こんな状態でいたら、光にまた怒られてしまうだろう。
いつものように、病院に行き、勇と対峙したちさきは、勇に光と要が戻ってきたことを告げた。勇は「そうか」と一言だけ呟き、それに対してちさきは「おじいちゃん、ありがとう」と返して、会話を続けた。この人と話をするのが好きだった。本当の家族のように接してくれて、嬉しかったのだ。

「遠慮なんかしなくていい」

勇と、そして紡にそう言われて。ああ二人は家族だなと思ったのと、泣きそうなくらいに嬉しかったのを今でも覚えている。もちろん遠慮をまったくしないわけじゃない、こうして自分を迎え入れてくれた二人と私も家族になれたらいいなと、木原家に入ってからしばらくはそれを意識していた。一番は紡との接し方に悩んだ。ただでさえ彼は、何を考えているのかわからない。感情もあまり見せない、会話も乏しい。おじいさんが漁に出て二人で夕飯を食べている時は、何か話さなくてはと考えては、ちさきが持ち出すのはベタな明日の天気の話で、会話はキャッチボールできずに、終わってしまったりもして、どうすればいいのかわからなくなってしまった。
後々、勇に聞いたのだが、それは紡も同じで、ちさきとの会話を模索していることを知った。それを知ってからのちさきは、紡とどういう風に接すればいいのかもわかり、紡もそれに応えて、二人は徐々に打ち解けていったのだ。



「それじゃあ、また来るね」

病室を後にしたちさきが、病院の入り口まで足を進めた所で、こちらに向かってくる紡を発見し、そこで足を止めて紡が来るのを待った。紡はちさきに気付き、手を上げる。そしてちさきは手を横に振った。

「紡、どうしたの?」
「じいさんに顔見せ」
「そっか」
「あともうひとつ」
「?」

きょとんとするちさきを横目に、紡はちさきを見たが、もうひとつの理由を口にはせずに黙った。

「待っててもらってもいいか」
「え、うん、構わないけど」
「悪いな」

紡はちさきを横切り、病院内へと消えていく。ちさきもまた病院内へ戻り、椅子に腰掛けて紡が戻ってくるのを待った。
勇と話をした紡は、椅子に座っているちさきを見つめては、険しい表情を浮かべている。考えすぎと言われればそれまでだが、ちさきの事に関しては敏感だった。察しがいいとかそういうのではなく、ただ自分がちさきを気にしているからであって。本音を吐露するのは自分にだけ。何故かそう思っていた。彼女に「ウミウシになってくれる?」と言われたあの時から。

「あ」


ちさきが紡に気付き、小さく手を振る。紡もまた、同じように小さく手を上げて合流し、帰路についた。

「それで、どうしたの?私に用事があったんじゃないの?」
「ああ、そうだよ。ちょっと行きたい所があってさ、付き合ってくれないか」
「うん、わかった」

ちさきとこうして一緒に帰るのは久しぶりだ。自分が都会に出てからは当たり前だが、それはなくなって、隣が急に空っぽになってしまった感覚を味わった。いつも、自分の右側にいたちさきの姿と、声と。高校までは確かに彼女はここにいた。こうして味わう右側の感覚に、紡は柔らかな表情を浮かべる。

「久しぶりだね、こういうの」

久しぶりだと今考えていただけあって、紡は驚きを隠せなかった。ちさきもそう思ってくれていたとは考えもしなかった。紡はちさきの方を向くと、ちさきもまた紡を見て、にっこりと笑った。彼女はやはり笑顔が似合う。口元を緩ませて優しく笑う、ちさきの表情を見るだけで安心する。

「俺も同じこと考えてた」
「本当?」
「ああ、本当だ」
「当たり前になっちゃってたもんね」

肩が、腕が触れ合いそうで触れない距離にいる。その距離感もまた絶妙だった。こうした他愛ない会話も、長くは続かなくても、気に止めたことなどはない。ちさきと喧嘩をしたこともある。その話を持ち出してみたら、ちさきは『価値観をぶつけあうって大事なことなんだよね』とそう言いながら、困ったような顔をした。
二人が向かった先は高台だった。ここには二人でよく訪れた場所だった。ちさきがお気に入りの場所と言い、たまに一人でもここにいる。ここからは海が見える。ぼんやりとできる、時間がたつのを忘れてしまうほど。そしてここにいるちさきを迎えに来るのが、紡だった。ちさきの表情の曇りでわかるようになってしまったと、紡はそう言った。
今日、ここにちさきを連れてきたのもそうだ、光や要が帰ってきてから、嬉しそうにしていても、何か別の事を思い悩んでいるのも、なんとなくだが感じ取った。
この場所に立ち、景色を眺めるちさきは、紡の意図を理解する。そして少しずつだが言葉を紡いだ。

「ここでね、光にばったり会ったんだ。きっとここから、あの曲が聞こえたからだろうね。そのうち、要もここに来たりするかもね」
「ああ、そうかもな」
「・・・紡、ありがとう。紡は何も言わないけど、私ちゃんとわかってるよ。無理もしてないよ。私は自分でちゃんと決めてしてることだから。だから大丈夫」
「そうか」
「それに光や要、戻ってきてくれて本当に嬉しいよ、二人が普通に接してくれるのも本当に嬉しい。だからその、私が過ごした5年間を気にして、壁を作る必要なんて、まったくないんだよね?私は、今の私のままで、いいんだよね?」


やはり気にしていたかと紡は思った。変化に人一倍敏感なちさきだから、そういうことを思っているだろうと考えはしていた。中学のあの頃にちさきから話を聞いてからは、ほとんど聞くことはなかった「変わっていくこと」を、光や要があの頃と同じままで戻ってきてからは、ずっと考えていたのだろう。言われなくてもわかる、とは言えない。ただ、5年間ちさきの隣にいて、今何を考えて思っているのかは、わかるようになったつもりだった。

「ちさきは、変わらない。変わったりしてない」
「何よ、この前は変わったって言ってたじゃない」
「それは外見の話だ、人間の中身は、そう簡単には変わらない」
「・・・本当だね、紡もすごく背が伸びて、体も大きくなって、私が見上げないと顔も見れなくなっちゃってさ。でも、中身はあの頃とは変わってないね」
「だから、ちさきはちさきのままでいていいと思う。逆に気にすれば、あいつらも気を使うだろ」
「・・・うん」

ちさきの声のトーンが上がった。今の返答で安心したのだろう。彼女は本当にわかりやすい。そう思ってしまうのは、ちさきを見ている期間が長かったせいもあるのかもしれない。怒らせたりもする。それでも翌日になれば「昨日はごめんなさい」と互いに謝る場合が多い。本当にいつからこういう風になってしまったんだろうか。悪い気は全然するわけがなかった。

夕日が水面に反射して、真っ白な海がオレンジ色に染まっている。それを見ながら、二人は同時に呟いた。

「綺麗だ」
「綺麗だね」

声が重なりあって、驚いて互いの顔を見つめた。ちさきは少しだけ恥ずかしそうにしながらも、また、先程と同じように微笑んだ。無理をしてない、作り笑いでもない、紡が一番好きな、ちさきの表情だ。

「俺、ちさきのその顔、凄く好きだ」
「っ・・・!え・・・」
「ちさきの笑顔が好きだ」
「また、そういうことをさらっと言うんだから・・・」

ちさきがまた、恥ずかしそうにしているのを見かねて、紡は一歩右にずれて、ちさきに近づいた。その一歩だけで、ちさきと腕がぶつかって密着した。その事に紡は驚いた。そうか、もうそれくらいでぶつかってしまうくらいの距離に、ちさきがいるようになっていたんだ、と紡は思った。離れるだろうなと詠んでいたのだが、ちさきはその状態のまま、動かなかった。腕が密着しているため、互いの指先が重なる重ならないのギリギリの状態にあることに、紡は気づいた。ちさきは相変わらず何も言わない。紡は少し考えたが、ぴくっと小指を動かした。それと同時にちさきも小指を動かして、紡の小指とちさきの小指が触れあった。触れたのを確認してから、紡はちさきの小指に自分の小指を絡めた。最初はぴんとたっていたちさきの小指が、徐々に間接を曲げて、紡の小指に絡めた。

「・・・・・・・・・」

普通ならば、会話もせずに沈黙状態でいるのには、耐えきれない場合が多くて気まずくなってしまうことが多々ある。最初こそは気にはしていたが、紡はもうその沈黙を少しも気まずいと思ったことはなかった。寧ろ心地がよかった。相手がちさきだから。

「やっぱり、紡といると安心するね。言葉がなくても安心する」

久しぶりに発したちさきの言葉に、紡は何も呟かずに小指に少しだけ力を込めて返した。その対応を感じたちさきは、その力が込められた小指を包み込むように返した。

「やっぱり、同じなんだな」
「・・・?」
「いや、ずっと前からわかってたことだし」
「・・・そっか、わかった」

ちさきがそう言うと、本当にわかっている気がしてならなかった。それに動揺もするが安堵もする。
この小指の持ち主にはずっと笑っていてほしい、傍にいてほしい、幸せになってほしい。
そして叶うのならば、一生一緒にいてほしい。ずっと傍にいるから。一人になんてしないから。
いくら互いの呼吸がぴったりでも、考えていることが同じでも、これだけは、言葉で言わなければ、ちさきには伝わらない。いつかそれを、ちさきに伝えられる日は来るのだろうか。


「そろそろ帰ろうか」
「ああ。夕飯、手伝うよ」
「じゃあ、お味噌汁作ってもらおうかな、私、紡の作ったお味噌汁好き」
「俺はちさきの作った味噌汁が好きだけど」
「・・・」
「・・・」
「ふふっ、もう」




こんなこと、もう何回目だろう、とちさきはくすっと微笑む。
紡が私のウミウシになってくれたように、、私も紡のウミウシになることができていたらいいなと、そう思っていた。



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