愛情は涙を受け止める




ちさきの泣き顔や、泣いている声を、もう何度聞いただろう。見ただろう。
けれどそれは、きっと自分にしかわからないんだろう。ずっと近くにいたのは、自分だから。

頼られていることを、知っていたから。
それでもいいと思っていたから。

そんなちさきに、少しの変化が訪れてきたこと。そう、光が帰ってきたのだ。そう伝えた時、ちさきは喜ぶんだろうかと思っていたが、そうではなかったみたいで、会いに行こうとはせずに、拒んでいるように見えた。

そしてまた、彼女は泣いていた。

それは数日後、それは逆転する。

光に会ったのかと、聞いた時に気づいた。

ちさきの声のトーンがいつもと違う。
ずっと毎日聞いていたから、少しの違いもわかるようになってしまった。
思わず立ち上がって、玄関まで足を進めた。自分が来たことに、ちさきは少し驚いていたようだった。

「あ、どうしたの、出迎えなんて珍しいね」
「いや、別に」
「変な紡。あ、ごめんね、すぐに夕飯の支度するから」

ああ、違う。全然違う。
5年前まで毎日見ていた、ちさきだ。
他人の変化には特に気に止めたりしないのだが、ちさきに関してだけは、どうしても気になってしまうんだ。

ちさきが部屋に戻ってから、俺は、いつのまにか、ちさきの部屋の前まで来ていた。
気配に気づいたのか、ちさきが襖を開けた。それに驚いたのは、俺の方だった。

「紡、やっぱり私に話があるんじゃ」
「ああ、ある。入ってもいいか」
「え、うん」

こうすると、俺たちの関係を物語っているのがわかる。じいさんの事を家族と言ったように、きっとちさきは、俺の事も家族だと、きっとそう思っているんだろう。
それはもう、何度も何度も押し殺してきた感情のひとつでもあって。

「光のことだよね、どうして会ったってわかったの?」

やっぱりそうだ。
こうやって、一瞬にして、ちさきの表情を変えることができるのなんて、あいつぐらいしか、いない。

「5年間ずっと一緒にいたんだ、わかる」
「そっか、流石だね」
「それで、会ってみてどうだった?」
「えっと・・・」

ずっと好きだった男が帰ってきたんだ、会うのを躊躇っていただけに、会ってからの変化が大きすぎるから、思い浮かぶのは、光に何かを言われたから。そう思った。

「光は光のままだったよ。本当に、あのままだった。私は、私だけの時間が進んでいることが怖かったし、だから紡にも私は変わったか、聞いた。でもやっぱり、私は変わってしまうのは仕方ないって思っていたけど」
「けど?」
「光はね、全然変わってないって言ったんだよ、安心したって、笑いながら」
「・・・!」
「なんでかな、本当にそれだけで、心の鎖が取れたっていうか、なんていうか、私の心の時間が、やっと動き出した感じがしたの」

光が不安を吐露したのは、ちさきには言わない方がいいと思った。言ってしまったら、ちさきはまた、泣いてしまうかもしれない。でもそれ以上に、あの時ちさきが求めていた言葉は、俺が言った言葉ではなかったんだなと、大事な時に、ちゃんとした答えを返してやれないのは悔しすぎる。

「紡・・・?」

何もないようにしていたのは、ちさきの心の拠り所は、自分だと思っていたからであって、それを壊してはいけないと、そうすれば、ちさきはどこにも行けなくなる。もしかしたら、いなくなってしまうかもしれなかったから。

俺はちさきの肩に手を触れた。

「どうしたの?」

ずっと、ちさきが泣いていても、この手に包むことをやめていた俺が、初めてちさきを抱きしめた。

「よかったな、ちさき」

一生懸命、言葉を考えて、絞り出した結果が、この言葉だった。
体はこうして、ちさきに触れてしまっているのに、言いたいことはもうひとつあるのに。その時に思ったんだ、ちさきを失いたくなくて、いい人になろうとしていることに。俺には、ちさきの悲しみや苦しみを理解することは難しくても、あいつらの止まった時間を置いて、先に進んでしまっている気持ちは、共有化できる。

「変わっちまったもんを、もう見たくねえんだよ!!」

逆に動き出した光の時間を、どう理解すればいいのか、こんな難しい事を考えなくても、ちさきにはわかってるんだろう。なんたって、好きな男なんだから。


「ありがとう、紡」
「・・・・・」
「紡、痛いよ」
「・・・ちさき」
「何・・・?」
「お前は変わったよ、綺麗になった」
「昨日も聞いたよ、恥ずかしいからもう言わない・・・」
「他の奴に渡したくないくらいに」

我慢していた思いの欠片が、少しだけ零れ落ちた。低く細く呟いたつもりなのだが、ちさきに聞こえてしまっただろうか。ちさきが何て言ったのと聞き返してこないのを見ると、聞いてしまっただろう。

「紡」
「・・・なんだ」
「私、紡がいてくれたから、今もこうしていられるんだと思う、感謝してる」
「知ってる」
「そっか」

いつの間にか、ちさきの手が、俺の背中に回されていた。
服にぎゅっと絡む指に力が入っているのがわかった。今、ちさきがどんな顔をしているのか、俺にはすぐに理解できる。


きっと彼女は、泣いている。




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