骸殻という、自分にクルスニク一族に伝わる力が備われているのを知ってから、ルドガーは一歩、仲間から線を引いた距離感を保つようになっていた。
分史世界に入れるのは自分だけであり、エレンピオスの、世界の、そして誰かの為に役立てる事ができるのなら、その身を捧げても構わないと思った。
いいように扱われてしまうのも、承知の上だった。
グランスピア社には兄がいる。こうして自分を育ててくれた兄の力添えにならないわけにはいかない。
ルドガーが分史世界に入る度に、ローエンはとある不安を覚えていた。
普段こそ穏やかであるルドガーが、骸殻の力に自分をなくし、いつしか道を踏み外してしまうのではないか。
彼が少しでも、こちら側に留まりたい、その意志を持ってさえくれていれば。
「ローエンの料理って、本当、天下一品だな。エルの言う通りか」
夕ごはんの準備中に、ルドガーが声を発した事で、ローエンはふと我に返った。
本当にこうしている時は、ごく普通の青年だ。ローエンはそう思い、優しい瞳でルドガーを見ていた。
「心を込めてこその、料理ですからね」
「まあ、確かにな」
「スパイスは辛味を、砂糖は甘さを、塩はしょっぱさを」
「どうしたんだ、ローエン?」
ローエンは鍋に入っているスープを掻き混ぜながら、ぽつぽつと呟く。
彼が突然語り出した事に対し、ルドガーは驚いて、視線を向けた。
「その調味料個々に役割があるように、私にも、貴方にも役割はあります」
ローエンが何を言いたいのか理解したルドガーは、言葉を発さずに口を閉じる。
「調味料の本来の味は、変わることはない」
「……うん」
「だから貴方も、貴方であることに変わりはありません」
「………うん」
「誰かの為にではなく、自分の為に、選択をして下さい」
スープを小さい皿によそい、味見をする。
我ながら今日の味も完璧だ。ローエンはルドガーにも試食を促した。
「うん、美味い」
「料理好きのルドガーさんにも伝授して差し上げますよ」
「お、それはありがたい」
「そう、貴方には、私たちがついてる。その事を、忘れずにいて下さい」
ルドガーの口中には、ローエンの作ったスープの美味しくて温かい味が、広がっていた。
ローエンの優しさが伝わり、ルドガーは胸を詰まらせたが、彼は何も言わずに、ただ、頷いていた。
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タイトル・反転コンタクト
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