降参しても逃げ道は教えない
決して、そこから目を背けていたわけではない。
それが、もう、当たり前だと思っていたからだ。
当たり前と感じるようになるのは、正直とても恐ろしいこと。それに慣れてしまって、合わせて、脳が麻痺してしまう。
人には喜怒哀楽という感情がある。だが、アルヴィンとレイアには、それぞれに欠けている物があった。彼は喜と楽を、レイアは怒と哀を。
それは、双方が幼い頃に失ったものである。
アルヴィンは思っていた。彼はレイアの泣いている所を見たことがないと。いつでも、どんな時でも、彼女は微笑みを絶やさない。辛い出来事に遭遇しても、受け入れては、自分のように暴走などしたりしない。なんて女だ、と彼は思う。
いつも、そんなに笑っていて、疲れたりしないのだろうか、と。
レイアは思っていた。
彼の腹の底から笑っている所を見たことがないと。彼はたまに笑みを零す事はあっても、それは本当の笑顔などではない。
俺は大人だから、とそう言っては逃げているようにしか、レイアには見えない。
いつも、そんなに、眉間にシワを寄せて、怒っているのか、ふてくされているのか、そんな顔をして、疲れたりしないのだろうか。
「あのさ」
「ねえ」
二人が同時に言葉を発した。それに二人は驚いたが、互いにどうぞどうぞと譲り合う。
結果的にはアルヴィンの押しにレイアが負けて、少し困った顔をする。
今、自分と一緒にいるこの人は何を思っているんだろう。
以前と比べれば、明らかに彼は変わったのはわかる。一緒に過ごした時間が長いわけではなくても、レイアがアルヴィンを目線で追っていた時間が、ほんの僅かではあるが、長い。
それで、彼をわかった気になるというのも、おかしな話になるが、それでもいいやと言い聞かせた。
「ちょっとさ、しゃがんでくれないかな」
レイアはアルヴィンに要求して、アルヴィンもそれに従った。彼がレイアと目線が同じくらいなるくらいにしゃがんだ後、レイアはアルヴィンに耳打ちをする。
なんだよこれ、とアルヴィンは焦った。全神経が耳へと集中する程に。
「好きだよ」
鼓膜の中へと響き渡る、彼女の澄んだ甘い声。そして、その言葉。
これはまずい。いつもの自分の調子はどうしたんだ。それが思い出す事ができずに、口を手で抑えては、硬直してしまう。
どういうつもりだ。これはお得意の不意打ちか。好きだよと囁いたレイアの声が、自分の耳に録音されたかのように何度も耳から再生されていた。
「嬉しかった?」
「そりゃ、まあ……」
彼は照れくさいのを隠し、声のトーンを落とし、いかにも自分は動揺していない雰囲気を醸し出して返答する。
「じゃあ、わたしと一緒にいると、楽しい?」
「一体どうしたんだっての」
「いいからいいから」
レイアも一緒にしゃがみ込み、膝を抱えながら、彼の返答を待つ。彼はレイアをちらりと見た。犬みたいに尻尾を振っているようにも見えて、目を輝かせている。言ってほしい言葉も、検討がつく。
その時、ふと思った。ここで自分が言葉を返してしまっては、なんだか面白くない。
彼女が自分にプラスを求めているならば、自分は彼女のマイナスを見たい。まあ、よくはない感情だ。一度そうなってしまっているわけであるから。
泣かせたい。泣き顔が見たい。さて、どうするべきか。
「……………?」
アルヴィンはレイアへと少しずつ顔を近づけては、レイアへとのしかかり、勢いに身を任せて、唇を塞ぎこむ。
レイアの話す暇も与えない、暴れても動かないくらいの力。完全に捕まった。強引なキスにレイアはぞくっとし、段々と怖くなってくる。するなら、もう少し優しくしてくれてもいいじゃないか。
(レイアを怒らせたり、泣かせたりするのは、俺にしかできないんだよ)
微笑みの先に見えるものは、果たして、何になるのだろうか。
彼にはひとつしか見えない。
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タイトル・反転コンタクト
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