おまえにあげる、全部あげる
レイアは、よく抱き着く癖がある。
嬉しい事があった時、感謝の気持ちを伝える時、言葉にして表すと共に、自ら胸に飛び込んでいく。
エリーゼやミラにしているのを数回目撃したことがあったのだが、ジュードやローエンにまで、抱き着いているのを目にした時は、さすがにやめろよと言いたくなった。
見れば、ローエンは、ミラと同じようにレイアの頭を撫でて、ジュードに抱き着いた時のレイアは、レイアがふと我に返り、謝りながら離れていた。
それにジュードが動じているのを見たことはなかった。レイアがそうすることに慣れているのだろうと思えた。
だがアルヴィンは、疑問に思っていることがあった。
自分はレイアに、抱き着かれたことがなかったのだ。手を叩いたりすることは多々あったりしていたのだが、抱き着かれたことはない。
別にもう付き合っている間柄になるわけだから、そうしてもらっても、全然構わないのだが、どうしてなんだろう。
自分からレイアを抱きしめたことは、もう数えきれない程にある。自分の腕に包み込んでは、逃がさないようにきつくしたり、頭を撫でてみたり等をしてみた。
思えば自分が、レイアの両腕までもを拘束してしまっているから、身動きできない彼女から、背中に腕を回されたこともなかった気がする。
なんだ、俺の一方的がほとんどじゃねえかよ、とアルヴィンは失笑してしまう。
だが臆病な彼は、それをどうしてなのか、レイアに聞くことができずにいた。
レイアが家に泊まりに来ていた。
アルヴィンは朝早くに起き、仕事の為、眠っているレイアを起こさないように、服を身につけ、支度をして、彼は玄関のドアを閉め、階段を降りていった。
「アルヴィン君!」
最初は空耳かと思った。部屋で眠っているはずのレイアの声が聞こえるなんて。
声の方向にアルヴィンは振り向くと、そこには、服こそ着替えているものの、寝起き姿のレイアがいた。
「酷いよ、起こしてくれたっていいじゃん」
「可愛い顔して寝てるから、起こせるわけないだろ。で、どうしたよ?」
レイアが階段を一段ずつ、アルヴィンと目線を合わせる所まで降りた。
そしてレイアはアルヴィンに首を回し、抱き着いてきた。
アルヴィンは驚き、手にしていた鞄を手から離してしまう。そして転がり落ちないよう、自身は階段の手すりをしっかりと握りしめた。
「アルヴィン君、行かないで」
とレイアが言う。
「ちょっ、何、どうしたんだよ、レイア……」
なんて可愛い事をしてくるんだ。
そんなきつく、甘えたように抱き着いてきて、行くなと言われ、一体どうしたらいいものか。
「なんちゃって」
「は?」
「一回やってみたかったんだ、こういうの」
レイアはアルヴィンから手を離し、にっこりと微笑みながら答えた。
その笑顔は反則だ。本当に何も言い返せなくなってしまう。涙にも弱いが笑顔はもっと弱い。
「アルヴィン君には、二人きりの時じゃないと、抱き着けないもん。いつもアルヴィン君が抱きしめてくれるから、わたしはいつがいいかなって、ずっと考えてたんだ」
「それが、今だったっつうわけ?
「うん、ごめんね、仕事に行かなきゃいけなかった時なのに」
「誰が許すかよ」
アルヴィンは深い溜め息をつく。
そんなアルヴィンの様子を見て、レイアは焦った。朝からこんなバカな事をしてしまったから、アルヴィンを怒らせてしまったかと思ってしまった。
「あ、あの………」
「そうだな、帰ったらレイアが、俺にいっぱい抱き着いたら許してやる。俺からはレイアを抱きしめたりしないから」
アルヴィンは顔を上げ、レイアの頬にキスをして、階段を駆け降りて行った。
キスされた頬、そしてアルヴィンの言葉に、レイアは力が抜け、へなへなになり、階段に腰を落とした。
自分は誰にでも抱き着く癖がある。
けれど、やはり、彼は特別だ。特別な人には抱き着いたりなどできなかった。しつこいと思われたくなかったからだ。
しつこいくらいに抱き着いてしまっても大丈夫なのか。レイアはそれだけを考えた。
でも、もうひとつ理由がある。
彼から抱きしめてくれるのが嬉しいから、自分からはしなかったなんて、絶対口が裂けても言えなかった。
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タイトル・Evergreen
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