『好き』の理由は君
ハンガーにかかっている、1枚のコート。
それは彼、アルヴィンの物。
超お気に入りだとか、耳にしたことがある、そのコート。
お気に入りだったら、自分だったら、特別な時とか、汚したくないから、あまり着たくないのにな、と思うが、彼は、お気に入りと思う物は、ずっと身につけていたい方なのだろう。
そういえば、スカーフも高級品だとか言っていたっけ。
ああ、無理だ。自分だったら、勿体なくて、身につけることなんてできない。
だけど、その彼のお気に入りのコートが、ご主人様がいなくなったままの状態で取り残されている。
レイアはコートに近づき、おそるおそる、触れた。
触れるのは始めてなわけではないが、胸がドキドキして鳴り止まない。
そして袖口に腕を通す。
アルヴィンがそこにいるかのように思えて、感触を想像する。
今度はハンガーからコートを取り払い、持ち上げた。
以外にも重くて、大きくて、一瞬体がよろめいた。
こういうのは好奇心というものであり、レイアは、そのコートが着てみたくなった。
周りをきょろきょろと見渡し、誰もいないことを確認する。
「よいしょ……っと」
そのコートはやはり大きい。レイアが羽織ればワンピースになってしまう。ぶかぶかだ。
コートから、アルヴィンの香りがする。背後から抱きしめられているかのよう。
「えへへっ」
嬉しくなり、レイアは顔が綻ぶ。
(ねえアルヴィン君、こんなバカな事をしちゃってる、わたしを笑っちゃうかな?)
コートを来たまま、レイアは近くの椅子へ腰を下ろし、背もたれに寄り掛かる。
アルヴィンはまだ戻っては来ないはず。
だったら、もう少しだけ、コートを着ていても大丈夫だよね、もう少しだけ、この香りに包まれていてもいいよね。
レイアはアルヴィンの事を想いながら、目を閉じる。
「アルヴィン君」
きっと、見つかれば、からかわれるだろう。
本物じゃなくていいのかとか、彼なら言い兼ねない。
それだけはどうしても避けたい。
でもまだ、彼のコートを羽織っていたい。
彼のお気に入りの、そのコートに包まれた自分も、彼のお気に入りになってくれるかな、なんてしょうもないことを考えた。
「これはこれは」
やがて戻って来たアルヴィンは、光景を目の当たりにし、言葉を失う。
自身のコートを羽織り、眠りについてしまった彼女、レイア。
コートを毛布がわりにしているとは思えない。
明らかに羽織っているのが、わかるから。
しかし見事に彼女の全身が収まっている。
(俺に、喰われちまってるみたいだな)
起きたら何を言おうか。何を聞こうか。
それだけが、今から楽しみで、レイアの慌てふためいた姿を早く見たいと思っていた。
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タイトル・関節の外れた世界
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