オレ達の1年目の夏は終わりを告げた。

それでも、まだまだ本物の夏は過ぎ去ってはくれないようで、毎日飽きもせず、ジリジリと部員達を照らし体力を奪い続けている。

そんな中、西浦野球部には珍しい長期休暇が出されることとなった。
長期と言っても、盆をはさんだ五日間。

その久しぶりの長期休暇、ずっと一緒にいたかったのに…あんなことになるなんて。
誰が予想できただろう。


蝉時雨


明日から長期休暇と云うことで、部室の中では自主練が終わった部員達の休暇の計画が話し合われていた。
みんな部活ができないのは少し淋しい気がするが、本当に久しぶりの休暇だから嬉しくてしょうがない。


「なっ!三橋はっ三橋は?」
田島が服をもたもたと着ている三橋に抱きついた。
「ひっ!…た…た じま…く」
ビクリと反応し三橋は田島を見た。
「三橋はこの休みなにすんの??」
嬉しそうに笑って田島くんは、俺は花井と遊ぶんだって言った。
オレはチラリと、花井くんと話している阿部くんを見た。
「あっ!そっかー三橋は阿部と遊ぶんだな!」
そう言われて、身体中が熱くなった。
カァーッて…。

「わっ…わかん ない…よ」
そうだ…まだ阿部くんと遊ぶなんて約束してない。
三橋はうなだれ、また服をもたもたと着だした。
「えー?じゃー俺が聞いてきてやるよ!」
田島の声に暫らく反応できなかった三橋。
気が付いた時にはもう、ソバには田島はいなくて、代わりに花井と阿部と話している田島が見えた。
「あっ…う…た じま…く」
三橋は冷や汗がダラダラと流れるのを感じた。
どうしよう。どうしよう。
絶対に断られる。
でも、一緒にいたい。
…恥ずかしい。
でも、5日間も会えないなんて淋しい。

…やっぱり、早く逃げなきゃ…。
三橋は焦る手つきでワイシャツのボタンを止め、カバンを持った。

「三橋っ…」
心臓がドクリとした。
持っていたカバンが落ちる。
後ろからの低い声。
大好きな声…だけど怒っているようにしか聞こえなくて後ろを振り向けない。

「みはし…」
「う…ぁ…は い」
俯いたまま、背中に感じる阿部くん。
恐い…よ。
「三橋…こっち向けよ」
「や…です」
「はぁ?意味わかんねー」暫らく、そんな押し問答をしていたらグイッと後ろにひっぱられた。
「うぉっ……あっ…べく?!」
三橋の身体が阿部の胸の中に埋まる。
シットリと汗ばむ阿部の腕が心地よく感じる。
「あ…べ…くん」
「大丈夫…みんな帰ったよ」
え、さっきまでみんないたのに。
三橋と阿部の押し問答に呆れながら帰って行ったのかと思うと、身体が火を吹きそうなぐらい熱くなった。
「うわ……あちい」
「あ…べく…ん 暑い…なら離し て」
三橋はグイグイと阿部の手を外そうとしている。
「だめだ…お前…逃げるもん」
「にっ…げ…ません!だから…はなっ…はな…」
三橋の必死のお願いに阿部は、ふっと笑い三橋を解放した。
「ふぇ……うう…」
ドキドキした……ビックリした。
阿部くんはみんながいなかったら大胆…だから…
オレ…心臓がもたない。
「なぁ…三橋……俺と遊びたいって本当?」
「ひゃわっ!!」
三橋は阿部の言葉に飛び上がった。

「なぁ…どうなの」
「わっ…分かってるくせに…阿部くん…ひっひどい」阿部くんはいつもこうだ…。
見つめていた部室の床が滲んでくる。
すぐ泣く自分に心底呆れる。
こんなんじゃ、阿部くん呆れて…一緒になんか…いてくれない。
「あー悪かった。泣くな…」
宥めるように、頭をくしゃりと撫でられ汗やら涙で汚れた頬を撫でられた。
「やっ…オレ…汚いか…ら」
「三橋…休み……一緒にいようか」
「へ…」
驚いて、阿部くんを見やると、すっごく嬉しそうな顔。
その優しい顔が近づいてきた。
あ…キス、かな。って思って目を閉じた…


ひゃりりん ひゃりりん


「うっわ……」
「………………お前…電源切るかマナーにしろって言っただろ!?」
阿部くんに怒鳴られながら、携帯をカバンから取り出す。
電話…。
阿部くんを見ると、ため息をついて、でろよ早く。って言ってくれた。
オレは慌てながら、ディスプレイを見ず通話ボタンを押した。

「もっもっ もしもしっ」電話の向こうから聞こえたのは…修ちゃんだった。


「しゅっ修ちゃん」
『よう、廉元気か』
オレは久しぶりの修ちゃんの声に嬉しくなって、うんうん頷いていた。

修ちゃんは暇だったからちょっとかけてみたんだって言って、少し話しをして電話は終わった。

三橋は携帯をカバンになおし、阿部を探した。
阿部はすぐに見つかった。
ユニフォームを脱ぎ服に着替えていた。

「誰から…」

いつもの阿部ならそんなことなど、聞きはしないのに。
後ろを向いていて、阿部の表情が分からない。

「あべ…くん…?」

三橋の声に、着替えおわった阿部が振り向いた。
「電話……誰から」

阿部くんの目が…オレを射ぬく。
身体がビクリと震えて、固まった。
オレ…何かいけないこと…しちゃった…の。

「あ…ぅ…」
「言えないの」

言えない…わけじゃない。でも、言ってしまったら阿部くん絶対に怒る。多分だけど…怒る。
言わなくても怒るけど、それ以上に言って、怒られるのが恐い。
なんで怒ってるのか分からないけど…言うなって、オレの中の警報が鳴る。

じりじりと阿部くんが近づいてくる。
「……叶」
ビクリと肩が震えた。
阿部くんの肩眉がピクリと動いた。
怒ってる…。
そう思った時には、オレは阿部くんによってロッカーに押さえ付けられていた。
「……叶が…そんなにいーかよ……ヘラヘラ笑いやがって」
「なっ…違っ……な…で…怒って…」
さっきまで、あんなに優しかったのに…。
あんなに、幸せそうに笑ってたのに…。
どうして、そんな傷ついた顔をしているの。

掴まれている両手首が痛い。ギリギリと締め付けられる。

「俺…お前がわかんねー」「え…」
シーンとなった部室に、外の蝉時雨が煩くて…風は熱を運んできて…。
顎に汗が伝う。

「俺にはあんま笑顔なんか見せねーし…いつもビクビクしてんのに……電話の向こうの叶には笑顔向けんのな…お前には叶のがいいんだろうな…」

違う!違うよ阿部くんっ!
そう…叫びたかったのに、咽喉がヒリヒリ焼け付くように熱くて痛くて…声がでなかった。

そう思われていることが、悔しくて…すごく悲しかった。

オレは…オレには阿部くんしかいないのに…。

「俺には…泣き顔しか見せないよな……」
そう言われてやっと、自分の頬に伝う涙に気付いた。
鼻の奥がツーンとして、心臓が痛かった。

「お前には…叶のがいいんだよ」

目の前が真っ黒になって、オレはその場にヘタリと座り込んだ。


しばらくして、部室の鍵を置く音と、ドアをバタンと閉める音が三橋の耳に響いた。

涙で滲む瞳を上げ、辺りを見渡す。

「ぁ…べ………くん」

阿部くんは、腕の痛みと静まり返った部室の生温い空気と耳の端で聞こえる煩い蝉時雨をオレに残していった。



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