「弁丸様…どうなされたのですか」

自分の部屋の隅で躯を丸めた小さな主は人目を憚るかのように静かに肩を揺らし泣く。
齢にしてまだ七つにも満たない子供がする行動じゃない。


奥方や身内に蔑ろにされる主はいつも、部屋の片隅で誰かから逃げるように泣く。

一人で泣く主を見つけたのはいつのことだったか。


少し前までは俺の目の前にきては泣き喚いていた。
自分はどうして悪い子だと言われるのだろうか。
母親がいないからか、自分を愛してくれる存在はいないからか。
そう、よく泣いていた。

母親は早くに他界。いたのかどうかさえ分からない。
父親は弁丸様の相手をしている暇はなく、今は他界。
兄は敵陣地へ。
要するに俺しか、いなかった。

でも、俺は…震える肩を擦るでもなく抱き締めるでもなく、突き放していた。
少し前の自分を殺してやりたくなる。


その頃と比べて泣くこと事態少なくなったが、今は本当に一人で、が多くなった。


「弁丸様…」

「さ…すけ………入るでない!」

佐助は襖を開ける手をピタリと止めるが、すぐに音を立てずに弁丸の傍に跪く。
いつも、拒絶されるが泣く主を放ってはいれない。



「……それはできない命令ですよ」

「っ…」

いきなり近くで聞こえた声に、一瞬ビクリと肩を震わせたがそれ以上は何も言わなかった。
唯々静かに肩を震わせている。


佐助は一人で泣く弁丸を見つけるたび、隣に座り何も喋らないでいた。
正確には喋ることができなかった。

しかし、今日は違った。
弁丸がポツリと言葉にした小さな声を、耳で拾った佐助は目を見開き弁丸を見つめ言った。


「どうして……謝られるのですか…」

「……弁丸が……そ…某が悪い子だ…から…」


奥方などに言われた言葉を反復する。
悪い子だと。
佐助は短く舌打ちをすると、震える小さな肩に優しく触れる。

「弁丸様は…悪い子なんかじゃないですよ…大丈夫…」
コレしか言えない自分に嫌気がさす。

弁丸は小さくしゃくり上げながら言葉を繋ごうとする。
上げた顔は泪と鼻水でぐしゃぐしゃになっていた。

佐助は弁丸の背を擦りながら、手拭いで優しく顔を拭ってやる。

「ゆっくりで…いいですよ」

「さ…すけ…は、良い忍者だ…強いし……でも…某の所為で……某が悪い子だから……」

そこまで言うと、堰を切った様に泪を流し抱きついて泣き始めた。

「ふぇっ…うわぁあっ……ひっく…さす…しゃすけっ……すまぬ……」

「ちょ…なんの…こと」

佐助は困惑しながらも弁丸の言葉を繋ぐ。
そして、前に嫌味な奥方に言われた言葉を思い出す。

優秀な忍がいても主がアレでは…ね。


躯が震えた。
腕のなかの弁丸は謝罪を繰り返す。

己の主は…一介の忍ごときに泪を流しているというのだろうか。
耳鳴りがする。
主はいつから…こんな奴のために泪を流していたのだろうか。



(一人で泣くようになったの何故。)




泣くなよ…そんな……俺なんかのことで…」

声が震えた。
動揺して、言葉が乱雑になった。


「佐助はなんかではない!…弁丸が…ちゃんとしてないから…佐助の評価が下がるのが悔しいのだ!…弁丸が…きちんとしていたら…みんなみんな…弁丸が悪いのだ…」

弁丸はそう叫び、真直ぐに佐助を見る。
その眸には泪をいっぱいに溜め、悔しそうに唇を噛み締める。

「さすけは…幼い頃泣き喚く某に…傍にいてくれるといった……某は…嬉しくて…悪い子だと、何を言われても…泣くことはやめた………しかしっ……某の所為で…佐助の評価が下がるのが…とても…とても悔しいのだ!……どうしたらよいか…もう…分からぬ…」


胸がちくちくと痛い。
心の臓がどくどくと煩い。
今までの泪は……全部全部。


(俺のため…)




小さな躯を抱き締める。
一介の忍がこんなことをしたらいけないのは分かっている。

でも、愛しい。
目の前にいる、小さな主が愛しいのだ。
俺なんかのために綺麗な泪を流す、

愛しい。



「弁丸様……俺はあなたのお側に居れることが幸せなのです…あなたと供にあれば何を言われようが…いいんです…」

小さな躯を強く抱き締める。
苦しいはずなのに、主は俺の髪をゆっくりと撫でる。

嗚呼…本当にこの御方は温かい。
温かすぎて、恐かった。
でも、気持ちがいいんだ。

「…俺がいないところでは泣かないでください。貴方に泣かれると、俺は悲しいです」


「……うむ、佐助……分かったから…泣かないでくれ…」


弁丸は佐助の頬に流れる涙を小さな手で拭い、太陽のような笑顔を佐助に向けた。




(腕のなかの太陽、どうか笑って。)






>>佐弁です。たぶん。
本当は七つの頃の弁丸を書こうとしたんじゃなくて、五つの弁丸を書いていたんですが…こっちをアップしました。
また、五つの頃のまだ佐助が弁丸に仕えたばかりのをアップ予定です。

悲しい幼少を過ごしていた幸村に萌えたので…。←
奥方は継母みたいな…。何人か居るんですよ。
身内も…。

でも、幸せいっぱいな幼少時代も書きたいです。


一言にときめく5のお題消化完了!

竜弥


お題:確かに恋だった

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