crow1





一人の若い忍が林を駆ける。
それは風のように、眼(まなこ)にとらえることができない。



「やっべー…長引いちまった……弁丸様…怒ってるだろーな」
(…ていうか、泣いてるな……土産早く渡さなきゃ)


そう呟きながら、ふと聞こえる何かに耳を澄ます。
頭上を見ると黒い烏の群れが騒いでいた。

ボンヤリと烏の群れを見つめていたら、大きな黒い塊が林に落ちた。

それを確認するかのように、一羽が宙を旋回し、烏の群れはすぐに散らばった。

「仲間割れか…?」


自分の進行方向だったので、黒い塊まで足を運んでみた。



大木の幹に大きな烏が引っ掛かっていた。

躯は他の烏に傷つけられたのだろうか、それとも人間にでも傷つけられたのだろうか。

漆黒の躯に無数に走る傷が生々しい。


一目でただの烏じゃないことは分かった。
尋常じゃない躯のでかさもそうだ。

しかし、一番そう感じさせたのは、先刻から一度も佐助から逸らされない紅く鋭い双眼だ。
まるで近づくなとでも言うように睨みあげてくる。


こいつは…忍に飼われていた闇烏だ。


あの傷と双眼が安易に物語っている。



佐助は小さく口笛を吹き、ニヤリと笑った。


「そんなに警戒しなさんなって…怪我してんだろ?」

フワリと近くの幹に飛び降りると、烏は傷ついた羽をめいいっぱいに広げた。
デカイとは思っていたが、羽を広げた烏は更に大きく見えた。普通の烏の倍以上はある。
見た感じはまだそんなに齢はいっていない。
もしかしたら、巣立ちをしたばかりで、いきなり忍に飼われたかもしれない。


忍は特殊な烏を使うと聴く。
それを、忍の間では闇烏と呼ぶ。

闇烏事態、普通の烏より才に優れ、人里離れた山の奥深くに棲むという。こんな戦の多い人間の地になんぞ来はしない。
忍によって連れてこられたのだ。

飼っていた忍がどんな奴かは知らない。
この烏を残して死んだのか、もともと忍に懐きにくいコイツ等を忍が扱いきれずに…若しくは、なにもできず殺されそうになったのか…

なにがあってあの双眼になったのかは分からないが、尋常じゃないのは確かだ。

「おまえ…忍がきらい?」


烏はなにもせず只ひたすらに佐助に殺気を飛ばすだけだ。


いつもの佐助ならば、関係ない、面倒くさいとでも言うようになにもしなかっただろう。


しかし、目の前の烏がどこか自分と重なる。

今まで佐助が封じ込めていた遠い記憶の自分と重なる。


それが無償にイライラする。


佐助は短く舌打ちをする。

「おまえ、こんなとこで死ぬの?」

忍にそんな殺気を見せたら、殺してくれって言ってるようなもんだよ。

そう言葉にし苦無を出す。

次の瞬間…


佐助が苦無を投げた。
烏は羽を広げようとしたが、背後の苦無に気付きピタリと止まり、カァと一声弱々しく鳴いた。


佐助が投げた苦無は烏の真横に刺さっており、烏には傷一つついていない。


「動くなよ……」


佐助はそう低く囁き、烏の生傷に薬を塗る。

烏は少しも動かず前方を見据えていた。


訓練されたのか、はたまた本能か、忍に後ろをとられたら終わりだということが分かるらしい。

佐助は薬を塗りながら、人間の言葉が分かるかも知らない烏に話し掛ける。


「一度忍に仕えた烏は野性にはかえれねーよ?野性の烏はそんなに馬鹿じゃない……お前もまだ若いんだ…忍に一度仕えたんなら最後まで忍の闇烏として生きろ。…それが生存理由だ」

まあ、次は良い忍に仕えるこった。

そう言い終えると、佐助は苦無を仕舞い、素早く烏の前の幹に飛び乗った。


「じゃあな……」


佐助は烏を見ずに疾風の如く、林を掛け始めた。


(…らしくねぇなぁ……)


苦無をだした所までは、烏を楽にしてやろうと思っていた。
戦の殺しで興奮していたのもあった。
それと、烏が憐れだった。
一度仕えた闇烏は仲間の元には戻れない。

あの烏が自分に見えた。

幼い頃の自分に。

これが一番の理由だっただろう。


でも、殺せなかった。

(弁丸様の顔が浮かぶなんてね…)


あの烏も…弁丸様に助けられたな。


夕日に照らされながら、若い忍は喉の奥でくつりと笑い、愛しい主の元へ団子と一緒に帰路を急ぐ。




crow01 了
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