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陸につく前に見た人魚のことが頭から離れない。
いつ陸について、いつ自分の部屋に戻ったのかも覚えていない。
覚えているのは、自分のお付きにドア越しにどやされたことだけ。
「あなたと言う人は!今日もまたドタキャンですか?!」
「嗚呼もう…煩いよ片倉さん…体調が悪いんだ」
そう言って、やってしまったと思った。
もう遅かったけど。
「なんとっ!!!それは大変です!!すぐ医者をっ!おいっ!お前っ!佐助様がご病気だ!医者呼んで来い医者ぁ!」
ちょっと、めちゃくちゃ言葉遣い素に戻ってるよ。
片倉さんは小さい頃から俺のそばにいた。
いわゆる、執事とかの前にすでに親子のようなもんだ。
俺は本当はココの子どもじゃない。
養子ってやつだ。
俺は片倉さんに拾われて育てられていた。
まぁ、いろいろあって、自分は本当は王族の者だと分かった。
それから、直ぐにここに引き取られた。
当時小さかった俺は片倉さんと離れるのが嫌で嫌で、今では何でもできる小姑な片倉さんが俺の側近となった。
佐助は溜息をつき、ベランダに出た。
「佐助様!ここを開けますよっ……って!!!!佐助様っ!!!おい!!佐助!!!」
「ごめーんね…朝にはきっと帰るからさ!」
俺は物凄い形相で走ってくる片倉さんに手を振り、木を伝って3階から降り立った。
なんだか叫び声がするけど、聞かなかったことにしよう。
だって、今日は眠れそうにない。
あの紅い人魚を見たんだ。やっぱり、あれは見間違いじゃなかった。
今日、あの紅い人魚が隠れた岩場に行きたくなった。
今なら、会える気がする。ただ単に自分が会いたいだけなのだが。と、佐助は走りながらくつりと笑った。
海につくと、本当に何も見えなかった。
辛うじて目を凝らし、岩場が見えるほどにあたりは闇に包まれていた。
(そうか…今日は新月…)
そう思って空に瞳をむける。
潮風が気持ちいい。
「………」
「…声……!」
(歌声…あの時の)
歌が潮風に乗って心地よく鼓膜を揺さぶった。
あの、岩場からだった。
佐助は砂を蹴り走った。
岩陰から小さな水音と綺麗な旋律を奏でる歌声が聞こえる。
胸がいっぱいで、どうしても話がしたくて、震える声を絞り出した。
「あの…」
「っ?!!!」
吃驚したのか大きく立つ波。
佐助は咄嗟に叫んだ。
「逃げないでっ!!!お願いだからっ!さっきここにいた人魚でしょ?」
「……さっきの…船の上…」
まさかお互いに覚えているとは思っていなかったのか、二人は暗闇の中で頬を緩めた。
「あの…さ…顔を見せてとは言わない…だから君と…そうだな…話がしたいんだけど…」
こんなにも人と話すのに緊張するなんて、佐助はそれだけ今自分は必死なんだなと苦笑した。
黙ったままの人魚の返事を待つ。
心臓の音がやけに大きく聞こえた。
「…某…と……話?……某を捕まえるのではなくて…?」
「俺は乱獲者じゃない…そうだね…一介の男……佐助って言うんだ…」
「……さすけ……」
名前を覚えるように何度も繰り返す。
佐助はくすぐったいのか頭をかきながら岩場に座った。
一方、幸村は、ずっと会いたかった少年。自分のことを助けてくれようとした少年が手を伸ばせば届くところにいるということに戸惑っていた。
そう、あの日、幸村は人間を見てみたいという好奇心から一人で海面から顔を出し、目の前の大きな客船を傍観していたのだ。
そして、いきなりの嵐に巻き込まれてしまった。
あまり泳ぎが上手くなかった幸村は方向感覚を失い、泣きべそをかきながら漂っていた。
そんなとき、客船からずっとこちらを見ていた少年が船から落ちたのだ。
いや、落ちたのではなくて自分を助けにきたと知ったのは、少年が泳いで此方に向かってきたからだった。
「お前なにしてんだ!はやくつかまれっ!!」
「え…」
少年の顔はあまり見えなかったけれど、しとどに濡れたオレンジの髪とエメラルドグリーンの瞳が特徴的だった。
あまりにも少年が必死で、自分も心細くて、その手を掴んだ。
その瞬間、大きな波に飲み込まれた。
幸村は息をすることはできるけれど、自分を助けようとしたこの少年は人間だ。
さっきまで強く握られていた手は力を失い、少年はグッタリしていた。
一気に血の気が引き、幸村は泣きながら少年を抱き抱え、覚束無い泳ぎで陸を目指した。
「はあっ…」
嵐を抜け陸に少年を寝かせた。すぐに、息をしているかどうかを確認する。
「っ…息…息…してないっ…」
(こっこういうときは……じんこうこきゅうをしたらいいと…あにうえが言ってた…)
息を肺いっぱいに吸い込むと、慣れていないため苦しくて噎せた。
それでも、息を吸い込み青ざめた表情の少年に口づける。
拙い人工呼吸では上手くいかない。
幸村は何度も空気を送ろうと口づける。
「ふえっ…起きて…起きてぇっ…ふぇっ」
少年の頬をぺちぺちと叩き涙を流す。
すると、背後から影がかかり優しい声が落とされる。
「よく頑張ったね…幸…」
「あにっあにうぇええっ!」
「人工呼吸…よく覚えていたね…」
幸村の兄、信幸は亜麻色の瞳を細め笑い、少年に口づけ空気を送り込んだ。
「かはっ…」
水を吐き出し荒々しくも呼吸を始めた少年を信幸は見届け、朱色の尾鰭を動かせ海に戻った。
「ほら…幸…帰るよ…」
「だっだダメ…ちゃんと目が覚めて…誰か来るまでっ!幸ここから動かないっ」
そう言って泣きだした幸村を見て困ったように笑った。
梃子でも動こうとしない弟を見かね、歌を歌う。
弟が泣いたときに歌えば必ず落ち着く歌。
「ひっく…うぁっく…ごめんなさい……もっと、泳ぎも…なんでも上手になるからっ…ごめんなさいっ」
これで悪さをすることも少なくなるだろうと、信幸は歌いながら笑う。
幸村は少年を覗き込みながら今もなお涙を流している。
すると、砂浜から人間の声が聞こえ始めた。
「幸っ!人間が来た…帰るよ」
幸村は涙を拭いながら一瞬チラリと少年を見やり、紅い尾鰭を震わせ兄の後を追うように海に潜った。
それっきり、幸村は最愛の兄を心配させたことを悔いて、海から顔を出すことを自分でやめることにした。
しかし、それも意味を無くした。
兄が死んだから……。
Next Soon
>>やっと2です。遅くなってすみませんっ!もう書いてたんですが…ちょいちょい修正してたら…orz
まだまだつづきますんで、どうか見捨てないでください!涙
081023.修正
竜弥