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あの紅い尾鰭と、あの歌声が忘れられないんだ。



上も下も蒼。真っ蒼。吐き気がするくらいの蒼。
好きな色じゃない。
でも、自由になった気がして…悪い気は…しない。

「お前が海にでてーなんて珍しいこった…なにが目的だ?」
後ろからかけられた声に意識だけをそちらに向ける。
眼は、真っ蒼な海に尚、囚われたまま。

「親ちゃん……いんや…なーんも……」

この船の長で自分の幼馴染の元親は強引な性格の持ち主だが、仲間思いのいい奴だ。
今日も、フラリと港を歩いていたら元気な声が聞こえてきて気晴らしにと乗せてもらった。

「ま…大方、いろいろ嫌になったんだろ?」
鈍感そうででもいろいろ人のことを気にかけていてくれる、なかなか鋭くて、いい奴だ。
元親の言葉に少しだけ笑った。

「うーん…それもあるけどさ…ね…親ちゃん……人魚ってやっぱいんの?」
海に向けていた眼を向けたら、少し驚いた顔をされた。
そんなにも、おかしな顔をしていただろうか。

「人魚って……まぁな…最近は聞かねぇなあ…俺等が生まれる前は一杯いたってのは聞いたことがあるがな…」

まぁ、今にも長寿でギネスに載りそうな爺婆ばっかだけどな!と元親は盛大に笑った。
それに笑いながら相槌を打って、また少し昔を思い出す。

昔、自分は一回死にかけた。
否、確実に死んでいた。子どもが海の中にいたと錯覚して、同じような年なのに、助けられるわけなんかなかったのに…海に飛び込んだ。
嵐の夜に、荒れ狂う海の中に。それなのに死ななかった。

人魚に助けられたからだ。朦朧とする中で聞いた歌声と紅い尾鰭を今でもぼんやりとだが覚えている。
あんな綺麗な声と尾鰭…絶対に人魚だと思った。

その後、船から子どもが落ちたというのは自分だけで、周りの大人は見間違いだとか錯覚だとか、はたまた人魚の仕業だとか騒いでた。

「なにお前…人魚にでも心奪われたってか?」
「なにそれ…」
思い出に浸ってたのに、こういうデリカシーの無いところはあまり好きになれない。
佐助は隣で尚もニヤニヤとする元親を胡散臭そうに見上げた。

「しんねーの?昔からの言い伝えだけどよ……この頃は全然見ねーだろ?人魚。それは、人魚に恋した馬鹿な王子がいたんだってよ昔。それで、国一個滅ぼしちまいやがったんだってよ?腹抱えて笑っちまうよなあ。だから、今でも人魚を見つけると殺しちまうんだとよ?女は売られるって聞いたな。どっかのマニアによ」
「ふーん……馬鹿な王子がいたもんだね…」
っていうか、やっぱ人魚今でもいるんじゃん。
そう呟くと隣の元親が今度は真剣な顔で言う。

「お前さ…仮にも一国の王子なんだからさ……人魚に心囚われるわけにゃあいかないんだぜ?見合いの話でもまた来たんだろ?」
嗚呼、前言撤回だ。
こういう妙に鋭いところはやっぱり、苦手だ。
隠し事なんてできやしないのかね、こいつの前じゃあ。

「俺様、親ちゃんのこと嫌いになっちゃいそー」
「馬鹿なこと言ってねぇで……じゃあ、俺は野郎共に支持だしてくっからよ…夜には陸にあがんぜ?覚悟決めとけ…佐助」
元親は眉を下げ、困ったように笑った。
それを横目で見つめつつ、すぐに海に囚われる。

「………覚悟…ねぇ」

なんの覚悟があれば乗り切れるんだよ。
しらねーどっかの女との結婚なんて…どう足掻いたって覚悟のかの字も自分から出やしない。
オレンジの髪の毛をクシャリと掴み、盛大に溜息をついた。


婆娑羅王国第二王子。名を佐助。
これが彼の名と…運命だ。

もういっそのこと、この深い海にでも、身を投げてしまおうか。
その方が楽だ。この世界に未練は全く無い。

そう考えていた時だった。
ポチャリと水面を震わせたかと思うと、紅い尾鰭が水面を優しく叩く。
亜麻色の髪には紅い耳鰭が付き、長い髪が伝う白い肌が海に透けそうだった。
それはすぐに岩陰に隠れた。

そして一瞬だった。
岩陰から一瞬こちらを覗いた瞳は海に反するかのように紅かった。
そしてすぐに自分の視界から消えてしまい顔を認識することができなかった。
紅い尾鰭が消えたところをボンヤリと見つめていたが、自分が物凄く船から身をのり出しているのに気が付きボンヤリしながらも態勢を整えた。

「人…魚……」

そう。人魚だった。
まだ胸が拍動を無駄に繰り返している。
この様子じゃあ、俺は早く死んでしまうな。と思うほど拍動が半端なかった。





今日の空もこの海と同じで、真っ蒼だ。
この色は大好きな幼馴染の彼の色だから大好きだ。
空に向かって手を伸ばし次に紅色の尾鰭を震わせる。
どうして自分は仲間と違い、尾鰭や耳鰭、瞳が紅いのだろうか。
いつだったか、海に反していると鱗を剥がされそうになったことがあったな。
そんなとき、真っ先に自分を助けてくれたのは海に愛された彼だったなと幸村は尾鰭を撫でながら、苦笑した。

「幸村!!!!!!」
「ひっ……なんだ…政宗殿でしたか…」
波を立てながら目の前に飛び出てきた蒼い怒気を含んだ眼とかち合う。
幸村は、噂をすればなんとやら。と言う言葉があったなと頭の片隅で考えていた。

「なんだじゃねぇ!!この馬鹿!あれっほど、水面から顔を出すなと…」

頭を押されて海のなかに引きずり込まれた。

「某、人間の観察をしていると…」

いつも言っているでしょう。と言おうとした幸村の頬を政宗は掴んで引っ張った。

「馬鹿野郎っ…人間なんて碌なもんじゃねえ!」

そんなこと分からないでしょう。なんて、目の前の彼が恐くて言えなかったがすぐに言いたいことが分かったのか、頬を引っ張る力が強くなる。

「いひゃい…れ…ごじゃる…」
「俺は…お前が心配なんだよ…」

肩に置かれた政宗の手が僅かに震えているのに、幸村は眉を顰めた。
政宗を心配させる気はさらさらないのだが、好奇心には到底勝つことができない。

「ほら…髪縛れ…どっからみても女に見える」
そう言って渡された髪ゴムをひとまず腕に収め、叫んだ。
「むおっ!そっそれがしは列記とした男ですぞっ」
「わぁってるよ、煩い…じゃあな…俺は先に帰るからな…くれぐれも…水面には顔をだすなよ!You See?」

異国の言葉を使う彼に不服そうな顔を向けるとまた頬を引っ張られそうになったので、幸村は尾鰭を動かし海の中を泳いだ。
身体を包む海水が気持ち良い。こんなにも馴染む。
瞳を開くと水面に映し出された太陽が屈折しながら身体を照らす。
やはり、自分はこの海が大好きだ。
この海を出たいと思ったことは微塵もなかった。

しかし、人間には興味がある。
人魚の中では人間は悪魔だとか、同じ生物ではないとか。
とにかく嫌悪されてきた。
昔は、人魚も人間も同じ地で、海と陸仲よくしていたと聞いた。
なのにここ何十年かで変わってしまった。
人間の勝手な環境破壊もだが、お金のため人魚は乱獲され、訳も分からず殺された。
だから人魚たちは海の底、人魚の国でひっそりと暮らす他なくなったのだ。

でも、それは表だけ。
裏では、人魚は人間になって「愛する人」と一緒に人間界で暮らしていると聞いた。
それほどにも、人間に興味を持った人魚がいる。
それが不思議でたまらないのだ。

「愛する」とはなんなのか。
本当に人間は悪い者達ばかりなのだろうか。

幸村はそこで、ハッと気が付き、今自分は水面から顔だけでなく身体全体を出して泳いでいることに気がついた。
これではあの蒼い瞳にまた怒られそうだとくつりと喉の奥で笑い、尾鰭を水面に打ちつけた。

その時だった、後方から大勢の、人間の声がする。
幸村は急いで岩陰に隠れた。

もしかしたら、彼が乗っているかもしれない。
時々、甲板から海を覗き込んでいる彼。
あの時の…少年が。


幸村は政宗の言葉を思い出す。
人間なんて碌なものじゃない。

果たしてそうだろうか。
あの、いつも悲しそうで、時々何かを探しているような、そんな彼が本当に悪い人なのだろうか。
あの時、嵐の中、子どもを助けようとした彼が本当に、悪い人なのだろうか。

一瞬、一瞬でいい。
いるか確認するだけでいい。


「あ…」

冴える様なオレンジの髪、綺麗な深い、深い異国の海の様なエメラルドグリーンの瞳。
目が合った。彼だった。彼に違いなかった。

彼はこちらに気づいただろうか、分からない。

幸村はグングンと深海に潜る。
そして、ある一定のところでピタリと止まり、胸を押さえる。

「っ…」
まだ胸がドクドクと高鳴る。可笑しくなりそうだ。
否、可笑しくなってしまったのだろうか。

幸村は未だ震える手を抱き込み小さく深呼吸した。

(少し……落ち着いた…)

また、さっきの岩場に行ってみよう…今日は月も出ない。
万が一、人間に見つかっても逃げ出せる。
もしかしたら、また、彼に会うことができるかもしれない。
そんなことを考えながら、髪を首元で括りながら幸村は深海に泳いで行った。


Next soon


>>すみません。めっちゃこれ連載になります。
気長にお待ちいただけると嬉しいですっ!すみませんっ!

竜弥




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