「幸村…今なんて?」
頭に鈍痛を食らった後の様にガンガンと痛む。
微笑を浮かべようとするが、口元は引きつり、体中の血がヒヤリと冷える気がした。
目の前の幸村が何を言っているのか分からない。

「だから、もう用もないのに保健室にくるな」
いつもの様に正面(まとも)に顔を見ることができない。
しかし、これでは埒があかないと幸村は重い頭を上げ佐助に向ける。


「なんで?…いきなり…」
佐助の声音に幸村はビクリと震えた。
悲しそうな声を出し、今にも泣きだしそうな顔をする佐助に一瞬幸村は傷ついた顔をする。

しかし、佐助は自分の握り締めている手を見つめていて、幸村のそんな顔には気付かない。
(なんで…なんでいきなり)
悲調を声に出さないように努めたつもりだったのに、馬鹿みたいに声が震え、佐助は内心舌打ちした。

「いきなりではない。ずっと言っているではないか」幸村はカタリと椅子を動かし、佐助の前までいった。少し俯いた佐助の肩が震えている。
幸村はそれを見ないように、瞳を閉じ言った。

「お前は…きちんとクラスからも男子生徒や…女子生徒から必要とされているのだ…だから、保健室に毎時間くるのは…ダメだ」
佐助は幸村が言わんとしていることが分からず、言葉を発しようとしたが幸村の次の言葉によって遮られた。

「俺は…お前の気持ちには…答えられぬ……迷惑だ」
幸村は震えている佐助の手にハンカチを握らせた。

ボンヤリとする頭で、今までの状況を把握しようとする。
しかし、考えることができない。しかも、目の前の幸村が滲んで見えるのはどうしてだろうか。と、佐助は考えていた。

「猿飛…お前に必要なのは……俺ではない」

幸村の言葉と頬を濡らすモノに、頭が覚醒した。

佐助は気付かないうちに保健室から飛び出していた。幸村の頬に流れるものには気付かずに。


佐助が飛び出していった後、幸村は自分の頬に伝う涙を拭い、自嘲気味に笑った。
「…なにを…やっているのだ……」

幸村は流れ続ける涙を何度も拭いながら、唇を噛み締めた。

数日前、教室の前で猿飛を見つけた。
わざと保健室に置いていった生徒手帳を突き返してやろうと、近づこうとして止めた。
そこには、笑顔で話す猿飛と女子生徒。
素直に喜べばいいじゃないか、男女仲が良いことは誇るべきことだし、女に興味が戻ったなら自分は解放される。両手を挙げ喜ぶのがあたりまえだ。
なのに、胸に渦巻くこのモヤモヤはなんだ。

幸村はそのまま踵を返し保健室に帰った。

頭の中がぐしゃぐしゃで整理しきれなかった。
自分はこの感情を知らない。
気持ちが悪いぐらいのモヤモヤに幸村が水を飲もうと席を立とうとした瞬間、保健室に佐助がいつもの様に笑顔で入ってきた。

幸村は目を見開き、ズキズキする胸を抑えた。
どうしていつもの様に笑顔で自分の前に現われているのだろうか。
真っ白な頭で、しかしいつもは見せない笑顔で幸村は言った。

「もう、ここには来るな」

あの時の佐助の顔が頭から離れないと、幸村は笑った。

「こんな思いは…知らない…」





君という名のいを、どうか僕だけに与えてください







「おーめずらしいねぇ、猿くんが一緒にご飯なんて!幸にでもフられたかぁー?」
2年の体力馬鹿、前田慶次が屋上のフェンスからグラウンドを見下ろしながらパックのコーヒー牛乳を啜っていた佐助の肩を叩いた。
佐助は静かに慶次を睨むとまた同じようにグラウンドに視線を落とした。
慶次は頭をかき、側にいた元親と政宗の隣に腰掛け二人に聞いた。
「図星?」
その言葉に政宗はニヤリと笑い、元親はため息をつきながら頷いた。
二人の様子に、あちゃーやっちまったな、と、全く悪怯れていないように呟きながら、弁当を食べ始めた。
「今度ばっかしはなぁー、相手が男だから、勝手が違うんじゃねぇ?」

元親がフォローに廻るが、佐助は聞き耳を持たない。
そればかりか、煩い黙ってよ。とまで言う始末だ。
そんな佐助を見てお手上げだと、慶次と元親が顔を見合わせた時に、校内放送が流れた。

『保健委員は明日保険委員会がありますので昼休み保健室に集まってください。繰り返します…』

幸村の放送だった。
佐助は齧っていたストローを下に落としてしまったのか、下を覗き込み舌打ちをしていた。
そんな佐助を見て、政宗は盛大に舌打ちして佐助の背を蹴っ飛ばした。

「なっなな…あぶねっ…」
フェンスにしがみ付き、仁王立ちする政宗を睨み付ける。

「Ha!動揺しまくってんじゃねーかよ!!そんな奴幸村が好きになるわけねーよな!」
政宗の言葉にカッときたのか、佐助は政宗の胸ぐらを掴む。
「っだと?お前だって幸村にフられたくせに…途中で諦めやがったのはお前だろ!?」
一気に捲し立てると、すぐに政宗の拳が右頬に入り佐助はフェンスに打ち当たった。
舌を切ったのか血を吐きながらすぐに政宗に飛び付き殴る。
「ざけんな!なんで殴られなきゃなんねーんだ」
「うるせぇ!お前がムカつくからだ!!俺が自分から諦めるわけねぇだろが!shit!…なんでこんな奴がいいんだ幸村は…」

政宗は佐助に乗り上げそう叫び、何発か殴る。
佐助は政宗の言葉に困惑しながらも、政宗の手を掴み殴り返す。

「幸村はっ………お前がっ…」

「やめろっ…なにしてるんだっ!」

佐助と政宗の動きがピタリと止まり、扉の前で肩を上下させる人物をみやる。

「……ゆ…き…」
「…幸村」

元親と慶次が呼びに行ったのだろう、白衣を風になびかせた幸村が二人の隣に腰を降ろす。
政宗の頬に触れようとしたが、政宗はやんわりと断り幸村の肩に触れ、耳元で囁いた。
「俺をフったこと…後悔するぜぇ?幸村…You see」
そう幸村だけに聞こえる声で囁き、扉に向かった。
「おい、邪魔者は退散すっぜ…」
面白そうに顔を歪ませていた二人を一睨みし、三人は屋上を後にした。

幸村は三人を見つめていた瞳を佐助に移す。
頬は赤さを取り越し青くなり、口の端は痣ができ血が滲んでいた。
幸村は佐助の腕を掴み立たせた。佐助はされるがままに立ち上がり、幸村の顔をうかがおうとする。きっと物凄く怒っている。どうして自分はこうも幸村を怒らせてばかりなのだろうか。
そう顔を歪め、幸村を見た。

「いくぞ…」
見据えた先の幸村は今にも泣きだしそうで、唇を噛み締めていた。
そして、佐助と目が合うと怒ったような、しかし情けない顔でそう叫んだのだ。
「え…」
幸村の表情がつかめず、気の抜けたような声を出す。
「手当てするから…保健室にこい…」
幸村は踵を返しドアに向かった。その後ろ姿に佐助は呟いた。
「でも…」
「いいからっ!」
しかし、佐助の拒否の言葉を聞く前に幸村が叫んだ。大きな声が響き、次に昼休みを終えるチャイムがなった。

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