人間達が山の鬼神(おにがみ)に毎月捧げる貢物の中に、小さく丸まった何かが紛れていた。
鬼神が引っ張り上げてみると、小さく「ぎゃわんっ」と狗みたいな鳴き声を漏らした。
どうやら掴んだのは尻尾だったらしい。
引っ付かんだままこちらを向かせると、栗色の髪に生えた耳がプルプルと震えていた。涙目の瞳が今にも零れ落ちそうなほど大きかった。
尻尾を掴むのをやめ、首元の後ろの服を掴んだ。

「ちっせえ…狐…」
「……きゅ…?」

狐は痛くなくなったのかケロリとした顔をしながら、プランプランと足をばたつかせ此方に興味を示し、ジッと目線を向けてくる。

「おまえ…怯えるとか泣くとかねぇのかよ…」

俺が恐くねぇのか、それとも感情すら表に出せねぇ妖なのか?
そう銀色の髪に漆黒の角を持った鬼神、元親は目の前の小さな狐を見て意地悪気に言った。

「……かん…じょ…う?…こわい?」

そう首を傾げた狐はすぐに目の前を横切った蝶へと視線を移した。

これが鬼神と幼狐の出会いだった。






「親…幸も行く、幸もあそぶ」
「駄目だって…離れろ、食い物探しに行くだけだ」

頬を膨らませたまま尻尾を俺の首に巻き付ける。両の角はシッカリ掴まれ頭に引っ付いて離れない。
引っ張ったものの自分の首が絞まる。餓鬼の癖に力だけは一人前で正直困る。

「遊びに行くんじゃねーんだよ…夕方には帰ってくるから…待ってろ…な」

ベリリと剥がし地面に降ろしてやると。不貞腐れた顔を向けられた。

「親…幸のこと嫌いなんだ、」
「なんだよ…そんなこと言ってねぇだろ、」

めんどくせぇなと頭をかくと、涙を一杯に溜めた眸で睨まれデカイ声で罵倒された。

「親のばか!鬼!分からんチン!幸出ていくの!」

アッカンベーとやらを決め込み、パタパタと尻尾を地面に叩きつけながら塒から飛び出した幸村になにも言えずに立ち尽くした。

「あんの…馬鹿狐が」

怒りの矛先を地面におき、砂を蹴り飛ばし自分も塒を後にした。


数週間前に貢ぎ物の中にいた狐、幸村はあれからココに居座ることとなった。
何故貢物の中にいたのか聞いてみるとお腹が空いていたからとほざいた時には一発ぶん殴ってやった。
どんな妖でも他の妖の貢物なんかに手は出さない。そんな愚かな行いはしない。何故こんなにも世間知らずなのかは直ぐに分かった。あと、感情を出せないんじゃなくて分からないことも。

自分に御守りなんて出来るわけがなく、来たところに置き去りにしてやろうと一緒に人里に降りてみた。そしたら古めかしい小さな神社に辿り着いた。
そこでコイツが封印されていたと知った。大きな雷が落ちたのだろう、護符もろとも焼けていた。
少しばかり言葉が話せるのは神社に遊びに来ていた餓鬼共の言葉を真似ていたからと聞いた。
身なりは頭でっかちの餓鬼の姿だが何年生きているのか分からない。最近かもしれないし、もしかしたら何千年とここに封印されていたのかもしれない。身なりが餓鬼の姿なのは護符の所為で力が出せなく成長しきれなかったからだと思う。時間がそのまま止まっていた、という方が正しいんだろう。

一応戻らないのかと聞いたところ、足元にしがみつき神社をキッと睨む幸村を見て、馬鹿みたいな言葉が滑り落ちていた。

「一緒に来い、」

意味は分かっていなかっただろうが、俺の肩が気に入ったらしい幸村は懸命によじ登ってきた。

今では『笑う』ということ以外、表情や拙い言葉がでるようになった。笑わないのはきっと俺の所為なのだろう。
こういうとき、自分の表情筋の使い道が怒りが主だったと知らされる。
今さら何に笑えるかさえ分からない。永らく独りだった所為か笑うなんてこと忘れてしまった。

「俺…いつから笑えてねえんだろ」

小さく呟き先ほど捕った獲物を塒に放り込む。

「幸…幸村?」

幸村の姿がない。
そう言えば『喧嘩』なんてものをしていたんだ。

「なんだよ…別に焦る必要なんか…すぐに帰ってくるさ」

自嘲気味に口許を歪め塒にドカリと座る。振り切るように寝転がる。
幸村の残り香が鼻を擽る。甘い落ち着く幸村の香り。
「…ちっ、」

匂いぐらい完璧に無くしてから消えろ。
そう唸り起き上がると

「親っ…起きてたの?……あの…あのっ」
「馬鹿野郎っ!人間共や他の妖に見つかってたらどうすんだ!殺されるんだぞっ!」

バラバラと地面に転がる木の実。次にはブワリとあのデッカイ瞳に涙が浮かんでは零れ落ちた。

「…っ…親なんて嫌いっ」
「…幸村っ」

くるりと方向転換した幸村を咄嗟に抱き上げると最初は物凄く抵抗していたが、それも次第に衰え最後に残ったのはグスグスという鼻音と小刻みな震えだった。
「幸…幸村…」

抱き直して顔を覗くと案の定、涙と鼻水でぐしゃぐしゃだった。
それを服の裾で拭ってやる。

「や、」
「…ごめんな…」
「…?」

何事かと赤くなった瞳が此方を見つめる。
俺は幸村の頭を耳ごと撫でる。

「怒って…ないの?」
「…いや、さっきまで怒ってた」

俺が頭を振ると小さく唸った。両の手は俺の胸元の服をぎゅっと握りしめる。

「う…親…ごめんなさい…」

眉根を下げながら謝罪する幸村の頭を今度は乱雑に撫で付ける。

「…無事だったならいい…あと、木の実は一人で取りに行くな…」
「え…」
「一緒に行きたいんだろ、だったら待っとけって言ったら待っとけ…分かったな?」
「…うん!」

パアッと表情が明るくなりふんわりと控え目に笑った幸村に固まる。

「?」
「笑ってる…」

俺の言葉を理解したのか、耳をピクピクと動かし俺に抱きついてくる。

「…親!幸も笑えた!笑うってこういうことでしょ?!……あれ…親……悲しいの?」

幸村の柔らかい小さな手のひらが俺の頬と顎を撫でる。なんだよ、濡れてんぞと言おうとして、濡れているのは自分の目から溢れている涙の所為だと気付いた。

「…ちげぇよ……嬉しいんだ」

涙を拭おうと伸ばしてくる幸村の手のひらを頬に当て、その上から自分の手で包む。

「…嬉しくても…泣くの?」
「ああ…嬉し泣きってんだ…」

「……」

「なんか言えよ…」

何も言わなくなった幸村に恥ずかしくなって頭をこずく。

「幸…よく分かんないけど親が笑う…と、ここがキュッて…なる…ね」

嗚呼、俺はさっきから笑ってたんだと幸村に言われて気がついた。
もう一度破顔してから幸村の額に小さくキスをした。何をされたのかよく分かっていない幸村は、それでも吃驚するくらいには笑って、俺の額にも同じことをした。

「…俺と一緒だ…お前が笑うと嬉しい」
「親と一緒っ!…幸嬉しい!一杯笑うから!親も笑って」
「言われなくてもお前といたら笑うしかねえよ」
「うんっ」

小さな手のひらがソッと手に触れてきたので、ギュッと握り返してやると嬉しそうに笑いやがった。



泣いた鬼神




>>ひぃぃ!←
今さら三万打お礼とか(__)
亀ですみません。すみません(__)
この話最後らへんまでは書いてたんですが…なかなか纏まらなくて(__)
もっと別の話だったのにこんな感じに(^q^)
これじゃあ、親ちゃんが犯罪者\(^^)/←
リクエストは花魁もしくは妖狐の幸村だったんですが、花魁も半分までは書いてて何回も没に(^q^)
で、妖狐にしようと試みては没に(^q^)
申し訳ないです(__)
この妖狐ちゃんも花魁の方も機会があれば…また書きたいです。
大変お待たせしてしまいすみませんでした。

竜弥





人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -