夕餉を終えた幸村は長い上田城の廊下をバタバタと走る。
そして、自室の前にピタリと止まると宙に声を投げ掛けた。
「才蔵…才蔵はおるか」
「ここに」
すると、すぐに背後に気配を感じ、銀髪をはためかせながら才蔵が降り立った。
「佐助から聞いたか?今日は十勇士と螢を見に行くと」
幸村は瞳を輝かせ、嬉しそうに笑いながら才蔵に言った。
その顔を見て、一瞬、同期の顔を思い出し眉を顰め、静かに言った。
「……いえ、存じておりませんが」
それを聞き、驚き眉を顰めたと思ったら、今度は頬を膨らませ俯く幸村に才蔵は、昨日いきなり全員に仕事を押し付けた忌々しい長の顔を思い出し、深くため息をついた。
「……」
「……あの…幸村様…」
「今、屋敷には才蔵だけと聞いたが真か?」
先程、信玄に嬉しそうに今日のことを話したら、そう言われた幸村だった。
信玄の言うことに嘘はないとは思ったものの、一応、忍に聞かねばと走ってきたのだ。
「は…い」
佐助は信玄直々に、才蔵と変わり、仕事を出された。
あの時の佐助の顔を思い出すと、今でも吹き出してしまいそうだと、才蔵は思う。
才蔵の言葉に幸村は眉を顰めた。
「……」
「……」
小さく唸る幸村が溜息をつき、才蔵を見上げた。
「人の話を聞かずに………………よしっ、才蔵と二人で行こう」
「………は?」
まさかの提案に心底吃驚したのか、才蔵は幸村を見つめる。
幸村はというと、さっさと、部屋に入り、羽織を身につけると笑顔で才蔵に行った。
「何をしておる…ゆくぞ?」
「…………御意…」
一礼して、遠くから幸村を見守ろうと消えようとした才蔵の服を幸村が掴んだ。
「…幸村様」
「簡易な服を着てまいれ、散歩は隣同士並んで歩くものだ」
幸村は、自分の紅(くれない)の着流しを指差し笑った。
(この人は…全く)
「…御意に」
才蔵はつられる様に、ほほ笑んだ。
明らんでいた空も、墨を落としたかのような闇が広がった。
そんな中、川辺に近づくにつれて、ぼうっと光が灯る。
それを見て幸村は小さく呟いた。
「まことに綺麗だな…」
「ええ…そうですね」
小さく呟いた声を聞き逃さず、才蔵は答えた。
その答えに満足したのか、それとも、少しの素っ気無さが彼らしいと思ったのか、幸村は少し笑った。
「才蔵は笑うようになったし、よく話すようになったな」
幸村は才蔵の藍色の着流しを掴み笑った。
「あんなにも殺気立っていたのが…今では、こんなにも丸くなって…」
「…それは……今では、お慕い申しております」
着流しを掴んでいた手をやんわりと、包みこみ、白い指先に唇を落とした。
「…なにゆえそのような…破廉恥なことができるのか…某には分らぬ」
忍の目と螢の光を差し引いても、顔を真っ赤にする幸村が垣間見えて、才蔵は微笑んで白い腕を離した。
「異国被れですから」
「嘘を申せ……この地で育っただろうに」
幸村は、恥ずかしいのを紛らわせるため少し才蔵を睨み、螢が飛び交う宙を仰いだ。
「まことに綺麗だ……あやつらにも…見せたかったな…」
ここにはいない、十勇士を思ってか、幸村が実に残念そうに呟いた。
「…ええ………でも、それは杞憂に終わってしまいました…残念なことに」
才蔵はそう小さくため息をついた。
「才ちゃん!抜け駆けは許さないよ!」
てっきり背中に衝撃がくると思っていたが、肩にズシリと衝撃がきて少し顔を向けると頬を膨らませた小介がいて才蔵はくつりと笑った。
「こ…小介?」
才蔵の首に巻き付く浅緋(あさひ)色の甚平を着た小介を幸村は目を丸くして見やり、またその後ろを見て些か驚き、柔らかく笑った。
「遅いぞお前達…」
若草色の着流しを筆頭に、様々な色が闇の中ぼんやりとこちらに向かってきていた。
「最悪…まさか才蔵と二人で出かけるなんて思わなかった」
若草色の着流しを着た佐助が些か肩で息をしながら、幸村を見、才蔵を睨みつけた。
「お前が俺と幸村様を二人きりにしてくれたのだろう?」
首に小介をつけたまま、ニヤリと才蔵が笑うと、佐助は口端をピクリと引き上げた。
「…ムカつくね。」
「奇遇だな…」
暫く睨み合っていたがお構いなしに、螢を追いながら進む幸村を佐助は追いかけた。
「なんで才蔵と二人で出かけてるの」
螢を見上げる幸村の横顔に問いかけると、僅かに頬を膨らまし睨みつけてきた幸村に佐助は情けない顔をした。
「お前が悪いのだろう」
幸村の言葉に、項垂れたが、反論しようと口を開いた。
「だって……」
「なんだ?」
言葉を濁すと、続きを催促するように幸村が見上げてくる。
「いや…なんでもないよ……」
きっとこの続きを言えば、意味をキチンと理解してくれないか、破廉恥だと罵られるかのどちらかしか無いと思い、口を噤んだ。
「変な佐助だな…」
幸村の言葉にそうですね。と、ため息をつきながら答えた。
(二人きりがよかったなんて…ね)
「こら!さっちゃん抜け駆けはダメだって!」
才蔵から離れ、今度は佐助の首に絡みついてきた小介に深いため息をついた。
「はいはい…お子様は螢でもみてましょーねー」
小介の両腕をシッカリと掴み、幸村の後を追う。
「ちょっ…離せ馬鹿野っ」
「まー、くそ可愛くない…絶対離してやんないよー…あ、旦那後ろに気をつけてね」
「は?」
佐助の言った意味が分からず、幸村は後ろを振り向いた。
すると、視界に広がるのは鮮やかな丹(たん)色。
「ゆきー!!」
「ろっ六郎やめぬかっ」
顔を見ずとも分かる、橙の髪と丹色の甚平。
こんなに派手なやつは一人しかいないと、幸村は叫んだ。
必死に抱きついてくるのを腕を突っぱねて阻止している横で、視線を感じると、幸村は横を向いた。
そこには、錆白群(さびびゃくぐん)の甚平を纏った、伊三入道がじっと二人を見つめていた。
「六郎…若さまが嫌がってる」
「馬鹿やなぁ、これは恥ずかしいからやで、分かってないわぁ伊三は」
何を戯けたことを言うのかとこの愚か者に叫ぼうと思ったが、次の伊三の言葉に幸村は声も出なかった。
「………そうなのですか」
誰かこの無法地帯をどうにかしてくれと、脱力しかけた幸村の横からまた声がした。
「伊三、騙されてんぞ…六郎…ご愁傷さま」
錆桔梗(さびききょう)の着物に袈裟を纏った背丈の高い男、清海入道がいた。
次の瞬間、フッと身体の縛めがとけ、丹色が視界から消えた。
「は?…てぇっ!痛いいたいっ!海野さんやめっ!ちょっ!十蔵さんもやめぇっ!」
漆黒の着流しを着た海野は微笑みながら六郎の耳の装飾物を引っ張り、唐茶(からちゃ)色の着流しを着た十蔵は六郎を掴んではいたが、すぐに手を放し手を払った。
「俺はそなーに汚くないわぁ」
「何を……帰ってから汗すら流さないでなにが汚くないですか…冗談は顔だけにしてください」
十蔵の潔癖と留めの一言に六郎は大人しくなった。
そんな三人に苦笑していた幸村だったが、さっきのまま固まっている伊三を見た。
「伊三?……清海…伊三が動かないのだが…」
「大丈夫っすよ若…騙されたことに落ち込んでるだけです。時期に立ち直りますんで。いつものことです」
そう言って、清海は盛大に笑った。
「そうか…おお、…鎌之助に甚八……長期任務ご苦労であった」
「いえ…」
紛紅(まがいべに)色の着流しを着た鎌之助が幸村の前に膝をつき言った。
「…はい」
灰白(はいじろ)色の甚平を着た甚八が顔を赤らめながらも幸村の前に同じように膝をついた。
「そう堅苦しくなるなと申しておるのに…顔をあげぬか…」
幸村はそう言って眉を下げ笑った。
「なんていうかさ……旦那と俺様以外鬱陶しい。暗いのに鮮明に見える。忍の目って不便」
「何を申すか」
いつのまにやら、佐助の首に付いていた小介は六郎や甚八と螢を追いかけていた。
隣で、溜息をつく佐助に幸村は、ふられたな。と笑った。
「違うって、俺がフッてあげたの。…なーんか…忍んでないし、あいつら」
「それを言うならお主もだろうに」
そう言って、幸村は若草色の着流しを引っ張った。
「え?俺様まだマシじゃない?似合ってるし…」
「…戯けが」
引っ張っていた若草色を叩いて元の位置に戻そうとした手は佐助によって阻止された。
「勿論旦那が一番似合ってると思うけど?……ね」
そう言って手を繋ぐ。
幸村は佐助の行動に小さく、馬鹿者。と、言ったが、外すことはしなかった。
「螢が綺麗だね…」
「そうだな…来年も…皆で見れるといいな」
「……そうねぇ…」
「……まあ…螢は夏の内は見ることができるからな………佐助に付き合ってやらんことも無いがな…」
意地悪く微笑んだ幸村を見て、嗚呼、敵わないな旦那には。と、佐助も笑った。
螢
>>弐萬打リクの十勇士。
たっ大変遅くなりました。
なんとっ!もう蛍とかの季節じゃないっ!(ひぃい)
ずっと考えてはいたんです…。
まとめることができなくて…。
だって、十人もでるともうわけわからない。
あれ?誰か出ていない人いない?大丈夫ですか?(聞くな)
才蔵が途中から空気。いやむしろ、みんな空気。
てか、忍んでなさすぎる十勇士。
アットホームな十勇士が好きなんです。(え
着流しとか甚平とかはきっと幸村が買い与えた物ですよ、うん。
選んだのは自分たちですがね。
十勇士との絡みすごい書きたいけど…全員出すと確実に死ねます(おい
これ、一回、全部消えて、やる気がなくなったものです。
だけど、二回目の方が良くなった気がします(ふーん
全部消えた時はどうしようかと思った。
だって、やっと全員が出た!ってとこで保存しようとしたら…エラーって…ちょっと…。
本気で涙が出ました。
なにはともあれ、弐萬打本当にありがとうございました!!
遅くなってしまいすみませんでした。
これからも、ハローグッバイをお願いいたします。
090217:六郎と清海の口調変更
竜弥