本編前捏造注意!ほんとに捏造かつただの妄想。
また、多少の流血表現ありです。











何を守れるのだろう。何を守りたいのだろう。そんなことを考えることが多くなったように思う。本当はすべてを守りたいのに、それにはこの両腕はあまりに短すぎた。




「ああ、エルンスト様!ようこそいらっしゃいました」

エルンストはよくコルネ村に訪れた。グランオルグから少し離れた場所にあるコルネ村は王の暴政の影響が薄く、反政府派の拠点となりつつある村だった。エルンストは反政府派に属しているわけではないが、彼が目指すものの為には、若く強い彼らの力は不可欠だった。

「久しいな。変わりはないか?」

「はい、お陰様で、平和に暮らしておりますよ。…皆、もう集まっております」

「そうか。ありがとう」

エルンストは度々この村を訪れては、対話した。民が安らかに暮らせる国を作るのなら、対話による政治を行うべき、というのが彼の持論であり、またそれを出来る限り実行してきた。
けれども、表立ってそれを行うことができないという事実は、エルンストを苛立たせる。思うようには改革は進まない。

(当たり前か…父上がいる限りは)

父王は度々エルンストの活動を妨害した。2人の進む道はあまりにも違い、その溝は深い。それでもエルンストの意識は揺らぐことはなかった。守るべきもののために。



エルンストが城に戻る頃には、時刻はもう夕方になっていた。城はひやりと冷たい。コルネ村とはあまりにも違う。けれど、その城がエルンストにとっては帰るべき、帰らなければならない場所だった。例えどれ程忌々しくとも。
自室に向かって廊下を歩く。すれ違う兵士や使用人の目はどれも一様に怯えている。体は緊張に凝り固まって、ぎくしゃくと、歩む姿は不自然だ。いつ、どんなことが、王の逆鱗に触れるか分かったものではない。誰もが死を恐れていた。

(このままで、良い筈がない)

民が王の暴政に怯え、搾取されるばかりの国で良い筈がない。確かに国の財政は安定している、しかし別のやり方がある筈なのだ。
エルンストはずっとそれを探している。模索している。
出来るだけ財政を圧迫せず、それでいて今より少しでも民の生活が和らぐような、そんな政治。思いつく限りの政策は実行してきた。けれど何時もそれは父に阻まれる。

(あまりにも無力だ。何も成せないなんて、)

「エルンスト、戻ったか」

暗い思考を遮るように、声がかけられた。エルンストは振り返り、声の主を見る。

「…父上」

「またあの辺境の村で反乱の会議か?ご苦労なことだ」

「…そのような根も葉もない噂を信じるなど、父上らしくもない」

「…ふん、減らず口を」

赤い瞳が高圧的に見下ろしてくる。ふと母の瞳を思い出した。優しい青のそれを見ることは、もう二度とない。

「あまりはしゃぎすぎないことだな、エルンスト。子供のお遊びも大概にしろ」

「お言葉ですが、父上。私は遊んでいるつもりはありません」

「くだらん!お前に何が出来る?何が守れる?笑わせるなよ小僧。愚か者のハインリッヒの真似事は止すんだな」

「…叔父上は、立派な方でした」

「…いいだろう、エルンスト。後で後悔するがいい。お前如き、何も出来やしないということが次期に分かる」

苦々しげに吐き捨てて、ヴィクトールは身を翻す。その背を見送りながら、エルンストは思う。

(確かに、俺は弱い。このままでは、何も出来ない)

力がいるのだ。まだ足りない。もっと強く、強く。すべて守れるくらい、強く。

「お兄様!」

「…エルーカ」

父が去ったのとは反対側の廊下から眩しい笑顔が見えて、エルンストは顔を緩ませた。

「お帰りなさいませ、お兄様。外はいかがでしたか?」

「ああ…ただいまエルーカ。コルネ野菜は今年も豊作のようだ」

「まあ、良かった!あの野菜が無ければ、食卓が味気ないですもの」

そういって楽しげに笑う幼い妹の頭を、目を細めながらエルンストは撫でる。エルーカは彼にとって安らぎだった。

(だからこそ…守らなければ。なんとしてでも)

忌々しい儀式から必ず彼女を救うと、エルンストは決意している。そもそも、たったひとりの犠牲者に全てを押し付けて成り立っている、この世界が狂っている。
何か必ず、あるはずだ。そんな邪法に頼らずとも、生き長らえる術が。
ふと、叔父のことを思い出す。彼も自分のように考えたのだろうか、そして彼は儀式を拒み、行方をくらました。

(けれど、拒んで逃げるだけでは駄目だ。逃げずに受け止めて、立ち向かわなければ)

「…お兄様?」

「、あ、なんだ?」

「もう!聞いていらっしゃらなかったのね!今度クッキーを焼くんです。是非食べにいらして下さいって、言ったのですよ!」

エルーカは少し頬を膨らまして、拗ねたように言う。そんな妹をエルンストは素直に可愛らしいと思った。彼女は彼にとって、やはり失うことのできない唯一無二の存在だった。



戸を叩く音に、エルンストは本のページを繰る手を止めた。窓の外が暗くなっているのに気づいて、自分が本に随分と集中していたことに驚きながら、扉の外に声をかけた。

「誰だ?」

「あ…エルンスト様、その、陛下がお見えです」

混乱を含んだ侍女の声にエルンストは動揺した。なぜ父が自分のところに、いつもならば絶対に来たがらないはずだった。
嫌な予感が胸をよぎって、それでもエルンストは扉を開けるしかない。

「…なんの御用でしょう」

「こんばんは、くらい言えないのかお前は」

じろり、睨みをきかせてずかずかと入ってきた父に思わず顔をしかめた。

「さて、お前に伝えなければならないことがある」

「こんな時間に、わざわざ父上がいらしてまで伝えることなのですか?」

「そうだ、私がわざわざ伝えてやるのだ。お前の罪をな」

「…何?どういうこと、」

「残念だったな、エルンスト。お前は反逆罪で処刑となる」

「な、」

「今ここで、だ。恨むなら自分の愚かさを恨め。お前が反抗的でなければ、こうはならなかったのだぞ?」

ぱちん、ヴィクトールが指を鳴らすと、部屋に兵士がぞろぞろと入ってくる。その手にしっかりと握られた剣に血の気が引く。本気なのだと、エルンストは理解した。

(こんな所で、死ぬわけには、)

これからなのだ。すべき事が山ほどある。まだ、死ねない。
ひとりの兵士が剣を振り上げて突進してくる。力強く、しかしそれ故に大振りだ。エルンストの目はそれをしっかり捉え、無意識の内に体は本能に従った。
向かってくる兵士に向かって踏み込む。重心は低く、剣の下に潜り込むよう、そしてすれ違う。すれ違いざま、兵士の腰の予備の短剣を引き抜いて、ターン。振り向くと同時に短剣を全力で薙いだ。
鎧の隙間、首を狙った。踏み込んだところまでは本能で、その後ははっきりとした自分の意思で。
そうしてエルンストは初めて人を殺した。兵士は首から勢いよく血を吹いて、ゆらゆら前後に揺れてから、どさりと倒れた。そしてその時にはもう、エルンストは意志を固めていた。

(抗おう、たとえ結果は変わらずとも)

短剣をもう一度握り直す。残りの兵士はあと3人、その奥で楽しげに笑う王がひとり。

「抗うか、エルンスト!ならばやってみるがいい。お前にも何か変えられるやも知れんぞ!」

またひとり、向かってくる。今度は突き、けれど先ほどと同じ大振りな動作に僅かに呆れた。

(今の結果を見ていなかったのか?)

剣の軌道をそらし、斬り伏せた。なんとも弱い。
次のひとりは流石に学んだのか低めに、横に薙いできた。急所ではないが命中の確率は格段に上がる。それでも、避けることは可能。
バックステップで後ろに下がる。剣先がシャツを掠めて切ってゆく。こちらの防御は紙同然。対してあちらは鎧を着込んでいる。けれど隙間を狙えば。
剣を力一杯振り切った反動で、兵士は体勢を崩す、そこに飛び込んで短剣を突き立てた。脇の下などは、意外と隙間だらけなものだ。
あと、ひとり。
最後に残った兵士は、完全にパニックに陥っていた。剣の振りが大きすぎる、あれでは懐に入ってこいと言っているようなものだ。

(招待には応じよう)

ぶん、と振られた剣は頭を狙ったようで、高すぎる。ひょいとしゃがんで一歩前に飛び出せば、首はもう、目の前。このまま剣を振り切れば、終わる。さあ、思い切り、

(これで、終わり、)

「エルーカの事は、いいのだな!」

突然のヴィクトールの声に、剣は振り切られることなく止まった。首まであと5センチ。兵士の方も固まっている。

「…なに、を。エルーカだと?」

「そうだ。お前の可愛い妹のエルーカだ。このままでは奴はニエとなるぞ?お前は奴を救えはしない」

「…………」

何を言い出したのか、エルンストは戸惑った。確かに、このままではエルーカはニエとなる。救いたいと、必ず救うと。思ってはいてもよい案が見つからないのが現状ではあった。けれど、何故今、エルーカなのか。

「…何が、言いたい」

「分からないのか?お前が今ここで死んだのなら、その体をニエとして使ってやろう。お前がニエとなるならば、エルーカは死なないで済む」

「な、」

何を馬鹿な、とは言えなかった。現時点で妹を救う手段をエルンストは持ち合わせていない。そして、ヴィクトールの提案は確実だった。
けれど代償はあまりにも大きい。

「どうした!守りたいのだろう?何としてでも。…ならば死んでみせろ、エルンスト!」

どくり、心臓の音が酷く近くに聞こえた。脳裏にはエルーカの笑顔が浮かぶ。どくり、どくり、音はどんどん早く、大きくなって、酷く息苦しかった。
その提案は恐ろしい。けれどヴィクトールの声がぐいぐいと背を押す。

(…守らなければ、)

目の前で楽しげに笑う男は、もう自分の家族ではない。父などは、初めからいなかったようなもの。優しかった母はもう随分前にこの世を去った。だとしたらエルンストにとって、エルーカはただひとりの家族、妹だった。ならば、守らなければならないのではないか?何を失ってでも。
代償は大きい。けれど、構わないと思えた。
だらりと、手は下に垂れ下がった。満足げな王の顔に吐き気を覚える。

「…やれ」

王はなんでもないように、兵に向かって命じた。先ほどまで青い顔をして震えていた兵士は、今はもう顔色を取り戻し、しっかりとした足取りで剣を構え直す。

(こんな、死に様か)

王の手先の兵士に斬り殺されて、それで終わり。結局最後まで、父の手のひらからは抜け出せない。

(こんなの、は、)

嫌だ。

振り下ろされる剣先が嫌にスローに見える。どくり、一際大きく鼓動が聞こえた気がして、そして、エルンストは踏み出した。
勢いのまま、鎧の隙間、首のあたり、そこが一番らくに、一息で殺せるのだ。刺して、引き抜く、それだけ。
王の唖然とする顔が見えた気がした。

「お前は…見捨てると言うのか、エルーカを!くそ、こんなことが、」

「いいえ、見捨てません」

「…何?」

「あなたの望むままにしましょう。けれど、誓って下さい、エルーカは、必ず救うと」

酷く心が落ち着くのをエルンストは感じた。誇り高いまま、自分の意志で、そうなるのならば納得できる気がした。
短剣を持ち上げて、王に向けて構える。血に濡れたそれが鈍く光った。

「誓って下さい」

「な、なにを、」

「早く、誓え!」

ぐ、と息を呑む音が聞こえて、弱々しく呟かれた言葉が、エルンストには確かに聞こえた。

「…誓おう…」

(…これでいい)

構えていた短剣を翻して、自分の腹に突き刺した。僅かに目を見張った王が視界の端に移る。
熱い、熱い。足が震えて、床に崩れ落ちた。

(エルーカは、泣くだろうか)

泣かないで欲しい。これは悲しい別れではないのだから。世界のための、意義ある別れ。それにすぐに、また会える。
そう、また会える。そして再び別れる。その時こそ再び会うことはないのだろう、それでも、この大地が2人を繋ぐ。

会えずとも、直ぐ傍に。
そうして君を永遠に守り続けることができるなら、それでいい。



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あとがきと言い訳
長くなってしまったのでまとめました…





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