「どうして?どうして行ってしまうの?」
「…アト、」
少し困った顔をして、ストックはアトの頭を撫でる。アトはストックのその顔に不安になって、ますます強く彼の服を握りしめた。
離したら、きっと彼はあっと言う間にわたしの前から消えてしまうから、だから、
「ねぇ、お願い、行かないでなの!」
「アト、」
「どうして!どうしてストックばっかり!」
「俺ばかりではない、多くの人々が、努力しているんだ」
「ちがう!」
「…アト、分かるだろう。お前が一番分かっているはずだ」
すまないな、そう言ってまた頭を撫でる。思わず見上げて、その瞳を見て、するりと服から手が離れた。
ああ、だめだ、止められない。彼は行ってしまう。止められないのだ。
「行かなければ」
そう言う彼の瞳はまっすぐで、酷く穏やかだ。アトは少し怖くなる。巫女である自分より、彼の方がどんなに献身的だろう。
彼を奪う世界なら、いっそのこと、滅んでしまえと。
これほど世界を憎んだ巫女も初めてだろう、去り行く背中を見つめながら、アトはぼんやり考えた。
あなたがすべてを捨てて逃げ出してくれたのなら、私はどんなに幸せか。
--------------------------
まあずいぶん黒いアトちゃん。
こんなに悶々とはしないと思うけどね
2011.1.15 加筆修正
←