私は、私たちは、あなたを失えないから。
「エルーカ」
呼ばれて、エルーカは顔を上げる。野営の準備を終え、焚き火も焚いた。この辺りには魔物も殆どいないから身の安全は保証されているようなもので、それで安心してうとうとしてしまっていたようだ。
「食事が出来たが」
「あ、はい、頂きます。ありがとうストック」
渡された器には湯気の立つスープがよそわれていて、エルーカは思わず頬を緩めた。
「美味しそうですね」
「王宮の食事には適わないがな」
「…もしかして、ストックが?」
「まあ、な」
レイニーは料理が得意ではないから、普段はマルコが料理を担当することが多い。けれど毎日では疲れるからと、稀にストックが担当する。ストックは随分長い間1人で生活していたし、任務の殆どが単独行動であったので、簡単な料理ならば軽くこなす。
「マルコの方が上手いだろうが、今日はこれで我慢してくれ」
「我慢だなんて、そんな。すごいです。美味しいですよ」
「…大したものではないが」
「いいえ、充分すごいですよ。私なんて、料理は全然…」
「それは当たり前だろう」
「そうなのかも知れませんが…でもやはり料理くらいは出来るようになっておきたいものです…」
「…そうか、」
ふむ、とストックは顎に手をあてて暫し考える素振りを見せた。
「俺で良ければ教えてやるが」
「、え?」
「ただ、期待はするなよ。簡単なものだけだ」
「はい!構いません!有難う御座います!」
王女である前に1人の女として、簡単な料理くらいは作れるようになっておきたいとエルーカは常々思っていた。けれど自分のまわりにいる者達はそんなことは許さないし、最近はそんなことを考える暇もなかった。それだけにストックの提案はエルーカにとって有り難いものだった。けれど、
「そうか。なら…全て終わったその後にでも」
ストックのその一言に、体が凍りつく。胸が苦しくなる。
全てが終わった、その後。
その後、私は、彼は、どうなっているのだろう。
「エルーカ?」
急に黙り込んだエルーカに、ストックが声を掛ける。その声で我に返って、エルーカは返事をする。できるだけ、明るく、そう意識して。
「約束ですよ!ストック!」
「…ああ」
そう短く返してほんの少し笑んだストックを見て、エルーカはまた苦しくなる。とても愛しい、大切な、存在なのだ。
(失ってはいけない)
このひとを、私たちは、世界は、失ってはいけないのだ。
(だから、私は、ひとりでやり遂げてみせる)
彼を失うことなく、全てを終わらせて、その時には2人で美味しいスープを作りましょう。
「…約束ですよ」
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