気になる子ができた。好きになったかもしれない。この間初めて一緒に出かけてさ。笑った顔なんか、ほんとにかわいんだ。
あまりにも幸せそうに話すものだから、もう入り込む余地なんてどこにも無いんだと思い知らされる。

「お気楽な悩みだってことは十分伝わってるから安心してください」
「気楽じゃねえって」

ぺし、と頭を小突かれた。黒板消しを投げるフリをして、やめろばか、とふざけて小さく笑い合う。高いところに届かないのを知ってるから、上の方は慶次が消してくれる。そんな気遣いは全然変わらないのに確かに変わった部分があって、私はただ苦笑いするしかなかった。
綺麗に消したわけじゃないけど慶次にとって黒板を綺麗に消すことなんて何にも関係ないみたいで、文字が見えなくなるとさっさと荷物を纏めはじめた。私と慶次は日直、そして一番面倒な日誌がまだ残っている。

「ちょっと、日誌は?」
「お前書いといてくれよ」
「はあ?」
「頼むよ。な?」

本人は上手く隠せてるつもりだろう。でも傍から見たらそわそわ落ち着いていないのが丸わかりだった。見ないようにしていても、どうしたって見えてしまう。

「…今度ジュース奢ってよね」
「わかった。んじゃ、よろしくな!」

今日一番の笑顔を残していった慶次の背中を黙って見送る。幾ら引き留めたいと思ったって、私にその権利が無いこともちゃんと理解していた。
なんだかんだ言いながら断らない私が一番バカなんじゃないのか。あいつが落ち着きを無くしている理由を盾に取って日誌を私一人に託すことに何ら正当性はない。あいつが悪いのだけど、そう思ってしまったら余計な感情まで抱いてしまいそうになる。それが嫌で、必死に言い聞かせ続けた。
悪いのはどこまでもあいつに甘い私。
窓を少し開けて窓際の席に腰掛ける。日誌を開きシャーペンを取り出した。かちかち、ノックしながらふと外に目を向けて、思わず息を止めてしまった。
並んで歩く女の子より長い髪が高く結われてる。大きな笑い声が微かに窓の隙間から入り込んだ。私は呼吸すら忘れているというのに。

「……っ、は」

周りには誰も居ないのに、何でもないように振る舞おうとする自分が酷く滑稽だった。
恋っていいもんだよ。そうやっていつも私に言い続けてきたのは慶次だ。
なんだ、あれは全部、嘘だったのか。
幸せと夢が詰まったものみたいに言っていたけれど、ならば今の私の胸の内はどうやって説明できるというんだ。苦しくて、痛くてたまらない。
けれども、邪魔をすることもできない。私と慶次は友達で、どう足掻いても多分それ以上は望めないだろうから。

二人の背中が見えなくなった後も、ぼんやりと外を眺めていた。虚しさを奥歯でぎゅっと噛み締める。
どうしたらいいのかわからなかった。なにしろ人を好きになったのも、伝える前に砕けてしまったのも初めてで。燻ぶった感情はどこへ捨てたらいい?誰に訊ねれば教えてくれる?
そんなこと、教えてくれなかったなあ。

「おい、まだ書いてねぇのか」

はっと我に返った。扉の方へ振り向けば、案の定その声は担任の片倉先生だった。そういえばまだ一文字も書いてない。すみません、と頭を下げ日誌に書き出せば早めにな、と残して先生は行ってしまった。
もし慶次だったなら。もしかしたら、泣きそうになってることを覚られてしまったかもしれない。それも、本当にたとえ話でしかない。今の慶次は私に目を配るほどの余裕なんかないだろうし、そもそも戻ってくるはずなどないのだから。
私に苦みを与えた彼に、幸せと夢を与えたのは名前も知らないあの子だった。




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