ヘルプミー


穏やかな休日の午後。
外は季節に沿って気温は低いが晴れ晴れとした晴天だ。
こんな日はシュウとドライブにでも行こうと思っていたハインリヒだったが、あいにく今日彼女は他の友人たちと映画を見に行く予定があるということで断念し、おとなしくリビングで本を読んで過ごしていた。

そこに黒電話の音が鳴り響き、一番近くにいた彼は読書を中断し、立ち上がって受話器を取った。同時に電話の音を聞きつけてか、フランソワーズもリビングに顔をだした。

「はい、もしもし」
『あっ……ハ、ハインリヒさァーん……』
電話口から聞こえてきたのは、しょげ返ったシュウの声だ。
「シュウ?どうしたんだ」
『すごく、申し訳ないんですけど……』


「ねぇ、もしかして、これって……」
フランソワーズが何か言ったので、彼女を見やると彼女は見覚えのある水色の長財布を手にしている。

『財布忘れちゃいましたごめんなさい!取りに帰ってたら映画に間に合わないのでどうかここまで届けに来てください!』


* * *


「財布忘れる馬鹿がどこにいるんだ、まったく」

持ってきた長財布でシュウの額を、ポンと軽くたたいた。
シュウは落ち込んだ表情でおずおずと額の上に手を伸ばし、長財布を受け取った。

「うぅ、ごめんなさい……すごく、助かりました……」
「時間は大丈夫なのか?」
「あ、はい。開演まではまだ時間が……」

映画館の前は人通りが多くてお互いに見つけにくいということで、待ち合わせ場所は人混みを避けた映画館裏手の路地にしていた。

「ハ、ハインリヒさんが来てくれたんだ……てっきりジェットかジョーが届けてくれるのかなって思ってました……」
「俺じゃないほうがよかったか?」
「いやッ、そう言うわけじゃないです!すごくうれしいです!でも、すごく申し訳なくて、ほんとに私って駄目だなって……あ、ジェットとジョーだったら申し訳なくないわけでもなくて……」

今回のミスを相当に気にしているのか、シュウは言葉も仕草も遠慮がちで歯切れ悪く、ごにょごにょと呟いている。
そんなシュウが申し訳なさげにしょげている様子には、どことなく嗜虐心をくすぐるところがある。

「俺は気にしてないさ、寧ろ役得だと思うね」
「えッ……どうし……」

ハインリヒは彼女の言葉をさえぎって、さっと素早く霞めるように、唇を押し当てるだけのキスをした。

「こういうことが出来るだろ?」

最初からこういうつもりで来たわけじゃない。

シュウがあんまりあわてて申し訳なさそうにしている姿が可愛くて、ついいじわるなことをしてしまった。

ハインリヒは、これは自分の悪い癖だ、と思った。

シュウは顔を真っ赤にして、金魚のように口をパクパクとさせて驚いて声も出ない様子だった。

「おかげで映画には間に合ったんだ、これくらい許してくれたっていいんじゃないか?」
「そんなっ……確かに、悪いのは私ですけど……でも……」

真っ赤な顔のままシュウはうつむいて、聞こえるか聞こえないかくらいの

「お礼くらい……家に帰ってからするつもりだったのに……」

という彼女の声を、ハインリヒは確かに聞き取り「む、」とうなる。

「じゃあ、さっきのは無かったことにして、お礼は……」
「だめ!もう知らない!開演時間迫ってるからもういく!」

先ほどまでのしおらしい雰囲気を打ち破る大声を出した彼女は、真っ赤な顔のまま踵をかえして路地を出ていった。
残されたハインリヒは、下手に彼女に意地悪をする癖を直そう、と一人ひどく後悔することとなった。

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