翻訳しよう
「夏目漱石がさ、『I love you』を『月がきれいですね』って訳してみせたって話、知ってる?」
「なんだそりゃ」
「夏目漱石っていう日本の文豪がさ、英語教師をしていた時に、生徒が『I love you』を『我君ヲ愛ス』って訳したときに、かわりに『月が綺麗ですね』としなさいって言ったって話。『我君ヲ愛ス』って直接言う代わりに、『貴女と一緒にいるから、月が綺麗に見えますね』って伝えよっていうところに、当時の日本人の婉曲的な恋愛観が見て取れる……らしい」
「ほう、それで?」
「これさぁホントだとしたら相当キザだなって。言われた生徒の心情を考えると忍びないよ、絶対ポカーンってなるよ。私は授業でこんなこと言う先生は嫌だ」
「まぁ、そうだろうな」
「それにこんなの言われたってわかんないし、もっとすぐに分かりやすいのが良いな」
「ははっ『日本人の婉曲的な恋愛観』とやらは、お前さんには合わないってことか」
「というか、せっかく『I love you』を伝えてくれたのに、その場でそのうれしさとかさ……そういうのを感じられないって、なんかもったいないじゃん」
「ich liebe dich」
「え?なに?」
「ich liebe dich、だ」
「なにそれ、ドイツ語?」
「ああ、そうだ。後で辞書でも使って翻訳してみるといい」
「綴りが分かんないよ」
「こうだ」
ハインリヒは、机に向かうシュウの後から、彼女が開いていたノートパソコンのキーボードを叩く。
「これ?」
開いていたWebページのアドレス欄に入力された単語を指差して、シュウはハインリヒを振り返る。
「そうだ」
「なんで突然ドイツ語なんか、脈絡のないこと言い出したかなー」
言いながら彼女は翻訳サイトを開いてから、入力された単語をマウスで選択、コピーして入力欄へ貼り付ける。
「ちゃんと脈絡はあるさ」
彼女がエンターキーを押す前に、ハインリヒはシュウの耳元に寄せてささやく。
「『ich liebe dich』」
ふと何かに気づいたように、シュウはハインリヒを振り返る。
嬉しさがにじみだすような笑みをこぼした後に、ハインリヒに口を寄せてこういった。
「『月が綺麗ですね』!」
ich liebe dich:「愛してる」
「なんでパソコンを使うんだ。辞書を使え辞書を」
「こっちの方が便利じゃん」
「情緒のない奴だ」
「えぇー……そんなの偏見だよ。こんな先生も嫌だなぁ……」
戻る
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「夏目漱石がさ、『I love you』を『月がきれいですね』って訳してみせたって話、知ってる?」
「なんだそりゃ」
「夏目漱石っていう日本の文豪がさ、英語教師をしていた時に、生徒が『I love you』を『我君ヲ愛ス』って訳したときに、かわりに『月が綺麗ですね』としなさいって言ったって話。『我君ヲ愛ス』って直接言う代わりに、『貴女と一緒にいるから、月が綺麗に見えますね』って伝えよっていうところに、当時の日本人の婉曲的な恋愛観が見て取れる……らしい」
「ほう、それで?」
「これさぁホントだとしたら相当キザだなって。言われた生徒の心情を考えると忍びないよ、絶対ポカーンってなるよ。私は授業でこんなこと言う先生は嫌だ」
「まぁ、そうだろうな」
「それにこんなの言われたってわかんないし、もっとすぐに分かりやすいのが良いな」
「ははっ『日本人の婉曲的な恋愛観』とやらは、お前さんには合わないってことか」
「というか、せっかく『I love you』を伝えてくれたのに、その場でそのうれしさとかさ……そういうのを感じられないって、なんかもったいないじゃん」
「ich liebe dich」
「え?なに?」
「ich liebe dich、だ」
「なにそれ、ドイツ語?」
「ああ、そうだ。後で辞書でも使って翻訳してみるといい」
「綴りが分かんないよ」
「こうだ」
ハインリヒは、机に向かうシュウの後から、彼女が開いていたノートパソコンのキーボードを叩く。
「これ?」
開いていたWebページのアドレス欄に入力された単語を指差して、シュウはハインリヒを振り返る。
「そうだ」
「なんで突然ドイツ語なんか、脈絡のないこと言い出したかなー」
言いながら彼女は翻訳サイトを開いてから、入力された単語をマウスで選択、コピーして入力欄へ貼り付ける。
「ちゃんと脈絡はあるさ」
彼女がエンターキーを押す前に、ハインリヒはシュウの耳元に寄せてささやく。
「『ich liebe dich』」
ふと何かに気づいたように、シュウはハインリヒを振り返る。
嬉しさがにじみだすような笑みをこぼした後に、ハインリヒに口を寄せてこういった。
「『月が綺麗ですね』!」
ich liebe dich:「愛してる」
「なんでパソコンを使うんだ。辞書を使え辞書を」
「こっちの方が便利じゃん」
「情緒のない奴だ」
「えぇー……そんなの偏見だよ。こんな先生も嫌だなぁ……」
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