06


伝えていたよりもずいぶん遅い時間に帰ると、ギルモア邸はほんの少し、緊張感のある雰囲気に包まれていた。全員がリビングに集まっている。

どうしたんだ、と集まった仲間に声をかけると、お帰り、という挨拶のあとにギルモア博士が手短に状況を説明してくれた。

ブラックゴーストの元構成員である男を、003が発見したらしい。そして、その男はどうやら俺たちの存在に気づいていた、かもしれないそうだ。

「どうしてそう曖昧なんです?」
「おそらく、われわれに向けたメッセージと思われるものが、彼の意思で遺されたものか、他の構成員からのものかわからないからじゃよ」

遺した?

「003が見つけたとき、すでに彼は死んでいたんだ」
振り向くと、009が悔しさのにじむ表情をしながらも、003の座るソファの横に立ち、彼女にいたわるような目を向けている。

「普通なら見えるはずの場所で、妙にノイズが濃くてよく見えない場所が一か所だけあったの。怪しいと思ってずっとそこを監視してたら急にノイズが消えて、血を流した男が一人倒れていたわ。きっとノイズの発生源が、彼の心臓と連動していたのね」

003の口調は淡々としていながらも、少し疲労がうかがえる。

「003、ちょっと休んだほうがいいよ」
「そうね、そうするわ」

自室に戻っていく003に、009が付き添う。あの少女は、いつも真っ先に惨状を目にしているが、やはりなれないものなのだろう。それが人間らしさともいえるのが残酷だ。
009に支えられるようにして歩いていく003の後姿をみて、他の連中も同じようなことを感じているようで、やりきれない雰囲気がつわたってくる。

「そういえば004、お昼どうしたネ?004の分とってあるアルヨ」
重くなった空気の中、006の問いに不意を突かれる。この中国人の言うことは、大概突飛で食事に関することだから、妙に日常的で急激に雰囲気を変える傾向がある。

「いや、昼飯は食べてきた。悪いけどいいよ」
「食べてきた?一人でネ?」
誤解されるだろうな、と思いながらも説明すれば別に良いだろうと思い事実そのままを答える。
「いや、女の子と一緒だった。それから本屋に行って帰ってきたんだ」
「はぁ!?」

002が素っ頓狂な声を出す。

「ナンパしてて遅くなったってことかよ!?」
「いや、俺から声をかけたわけじゃなくてだな……」

予想通りの反応が返ってきた。
誤解を解くため、予定通り詳しく状況を説明しようと記憶をたどる。


ん……?
そういえば俺は、あの少女と俺はどうやって知り合ったんだったか……?


予想外に言葉が続かず、考え込む俺に「知り合いだったのかい?」と008が訊いた。
「いや、そういうわけじゃないんだが……」と答えると「004が知らない女の子と食事?こりゃあいよいよですなぁ」と007が大仰なしぐさで驚いて見せる。
食事って言ったって、その辺のファミリーレストランで昼食を食べただけなんだが。

「長い間なんの動きもなくて、帰ってきたらこんな状況だっただけ、ってのもわかるがちょっとノンキすぎやしねーか?どっちにしてもあんたらしくないぜ」
002が呆れたような顔で、続けて俺に言う。

『ブラックゴーストの残党と思われるが奴らが動き出したかもしれない』というギルモア博士からの連絡を受けて、俺たちはずいぶん前からここに集まっている。
曖昧な情報で、長い間動きがないとはいえ、言った時間に帰ってこないのは仲間を心配させることだ。

まさか002からこんな風に指摘をされるなんて、意外すぎて思わず笑ってしまう。
「俺もそう思うよ」


俺らしくない。



* * *
3日前から連泊しているビジネスホテルのベッドの上。
シュウはそこに腹ばいになって、ベッドの脇に置いてあるスポルディングのバックに手を伸ばし、ファスナーを開いて本をしまった。

「終了ー……」

両腕を前に出して、腹這いのまま伸びをすると肩や背中がぽきぽきと鳴る。
窓の外は薄暗く、時計は夜の7時辺りを指していた。

ハインリヒと古本屋で別れてから、カバンの必要性を感じ、ベッドの脇のスポルディングバッグを買いに行ったりなど、少し寄り道をしてからホテルに帰ったことを考えると、3時間ほど続けて読書に費やしたことになる。

なかなかに楽しかった。夢中で一気に三冊読んでしまった。

「お腹すいたなァ」

そうつぶやいた時には、シュウには外食しにいこうという意志が決まっていて、再びスポルディングバックに手を伸ばして封筒を取り出し勢いよく起き上がった。

最初より薄くなったそれから万札を一枚取り出して、ポケットに入れ、入口のドアに向かう。




(お店探してるうちに、またハインリヒさんに会ったりとか……ないかなぁ)

それがありえない想像だとわかっていても、その想像を楽しんだり、今日は何を食べようか、中華等どうだろうか、と考えるシュウは、存分に自由を謳歌していた。




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