05


薄く唇をあけ、上着のポケットに両手を入れたシュウは、天井まで届く高い本棚を見上げた。
背表紙の高さも分類も揃えられていない膨大な冊数の書籍が、横の隙間だけは空けないように、ぎっしりと詰められている。

(こんなんで売れるのかな……)

この状態では、買いたい本を見つけるのは骨が折れる。目的の決まった客は確実に大手の中古書店の方に流れているだろう。

「どうした、退屈か」
ぼうっと本棚を見上げるシュウにハインリヒが声をかけ、振り返ったシュウは彼が手にしている本を見ていった。
「何か買ったんですか?」
「ヘルマン・ヘッセ、『車輪の下』だ。かなり昔読んだことはあるんだが、ここで見つけてもう一度読んでみようと思ってね」
「………へぇ」

シュウは自分がそういう方面への知識が皆無だということに気づいた。

「どんな内容なんです?」
「主人公はドイツの田舎出身の天才青年、エリート神学校に進学したが周囲からのプレッシャーに耐えきれなくなって挫折するってのがあらすじだな」
「嫌な物語ですね」
「まあ、暗い話ではあるな」
ハインリヒはあまりに簡潔なシュウの感想に失笑する。
「簡単にあらすじだけ聞けば『暗い話』で終わっちまうが、それには暗い話である意味だとか、作者の考えとかが反映された結果なんだがな……そういわれると身も蓋もない」

少し馬鹿にされた?と感じたが、そもそもシュウは自分には『教養』的な部分があるとは思っていないので特に気にはしなかった。

「お前さんはなにか見つかったか、暇をつぶせそうなものは」
「いや、なにも……」

本棚の中ははあまりに雑多に並べられているし、もともとシュウには読みたい本も無かったが、手ぶらで帰って、また時間を持て余すもの嫌だった。

「何か……おすすめとかあったら、教えてもらえませんか」
「ん、そうだな……」
ハインリヒは顔をあげて、隣の本棚に目を向ける。右端から左へと視線を移しつつ、そのまま前へと一歩ずつ歩いていくので、シュウはその後を追う。
視線もハインリヒの真似をして、本棚へ向けてみた。
「お勧めと言われてもな……どんなジャンルが読みたいだとか、そういうのはないのか?」
「読みやすい物がいいです。短いのとか、有名なのとか……」
ううん、とシュウの曖昧な要求にハインリヒが唸る。シュウはそんなハインリヒの困惑も知らずに、本棚に並ぶ本の背表紙に視線を滑らせながら彼の後をついていく。

狭い店内の最奥、老婆が座り込むレジの前を通り過ぎたところで、ハインリヒは足を止めた。前を向いてなかったシュウは、ハインリヒの肩にぶつかってから止まった。

「これなんかどうだ」
少し腰をかがめ、ハインリヒが本棚の低い位置からハードカバーの本を数冊手に取った。

『イソップ童話<三年生>(一巻)』
『グリム童話<五年生>(一巻)』
『グリム童話<五年生>(二巻)』

ハインリヒが左手に二冊重ねて持ち、右手もった一冊をシュウに差し出すので、シュウは受け取って中身を確認する。


【 も く じ 】

へびの しっぽ……… 6
かえるの 助太刀……11
王さまをほしがる かえる.....


「これなら一つの話が短く終わるし、簡潔な物語ばかりだから読みやすとおもうぜ」
他二冊も受け取って、もくじで内容を確認する。
「たくさんの話が載ってるんですね」
「童話集だから、知ってるのもあるんじゃないか?」
「いや、今のところはないみたいです」
シュウに改造前の記憶はなく、サイボーグになってからも童話を読んだことはない。
ほとんど全部が知らない話ばかりで、読みごたえはありそうだった。

「これにします」
「そうかい、お気に召したようでよかったよ」


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