04


「改めて、さっきはすみませんでした」

ファミリーレストランのソファに座ったまま、シュウは深々と頭を下げた。
いくら退屈ですることがなかったとはいえ、ちゃんと謝っておかなければと思ったのだ。

「………」

下げた体制のまま、何か相手から声がかかるのを待つが、返事がない。

(無言……?)

シュウが顔を上げると、テーブルを挟んで向かいに座るドイツ人は思いもよらないことをされた、というような表情をしていた。

「……後をつけたことを、改めて謝っておこうかなと」
「………ああ!そのことか」
「こんな簡易的な謝罪じゃだめだとか、そういう……」
「いや、一瞬なんについて謝られたのか分からなかっただけだ」
「それは追いかけられたことを忘れてたってことですか……?」
「まあ、そうだな……」「……」

ついさっきの出来事をもう忘れてしまったのいうのはどうも信じがたい。

「俺もよくわからないが、忘れていたとしか言いようがないんだ。」

「そうですか……」

少々腑に落ちないが、本人がそう言ってるんだからそうなんだろうと、シュウは自分に言い聞かせた。

(忘れてたくらいだから、もう許してくれてるんだよね……?)


* * *


ここに来るまでの間、シュウはハインリヒから、普段は地元のドイツでトラック運転手をしていること、今は事情があって知人の家で生活していることを聞いた。
自分のことを聞かれると、「スロットのプロ」とだけ答えて、身の上のことは伏せていた。

(いまは普通に生活してるってことは、逃げてきたのかな。ブラックゴーストはなくなったらしいし、その混乱に乗じてとか……)

鉄板の上の和風ハンバーグを切り分けながら、シュウは考えを巡らせる。

(それとも、普通に生活してる振り……?)

ブラックゴースト無き後でも、サイボーグとして活動している可能性はある。
現にシュウを所有していた研究所は、ブラックゴーストの端末組織に過ぎず、辺境の地にあったが故に、本部崩壊の余波をあまり受けなかった。その為、その後も諦めきれずに研究、開発を続けていた。資金面に問題が発生してはいたが。

(もし、そうだったら……)

自分は重大なミスを犯したことになる。
相手がまだ何かの組織に所属しているなら、シュウの正体はほぼバレているだろう。
おそらくシュウを放ってはおかない。スタジアムジャンパーと万札の束をくれた博士の行為も無駄になるかもしれない。

顔の向きはそのままに、シュウは向いの席を見やる。
そこには世界を裏から操る組織のサイボーグで、普通の人間の振りをしているかもしれない男が座っていて、ピリ辛トマトソースパスタをくるくるとフォークに巻いていた。

(あの研究所とこの人なら、この人のほうにいる方がいい……かなぁ)

疑ったり勘ぐったりすることを面倒だと感じる、消極的楽観主義なシュウのなかでは、『この男に接近していく』という無難な方針がほとんど固まっていた。

シュウは右手のナイフをフォークに持ち替えて、一口大に切り分けた肉を次々とフォークで口に運んだ。時折付け合せの野菜にも手を付けて、鉄板と皿の上を一気に食べきった。

「あの」
「ん、なんだ?」
「ハインリヒさんってこれからどこか行くんですか?」
「午前中のうちに、商店街の古本屋に行くつもりだった」
「アーケードの中間あたりの、奥におばあさんが座ってる……」
「知っているのか?」
「そこに入ったことはありませんけど、あの辺は結構知ってます」

シュウが出入りしているパチンコ店は、商店街の裏の通りにある。
時間を持て余したシュウはふらふらと方々を彷徨ううちに、その界隈にはやたらと詳しくなっていた。

「古本屋っておもしろいですか?」
「正直にいうと暇つぶしだ。新品を買うより安いし、読書は嫌いじゃないんでね」

そう言ってパスタを口に運ぶ。
ハインリヒさんは本が好きなのかな。


「じゃあわたしも暇なので、暇つぶしに行ってみようと思います」

「おい」

ついてくるのか、という彼に、目的地がおんなじだけです、とシュウは返した。

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