江戸はかぶき町。極彩色の光が溢れるネオン街を歩けば、人だかりはたちまち左右に割れる。我が物顔を張り付けて、悠々とその中央を行く。後ろをぞろぞろ続く子分らが、必要以上に睨みを効かせるせいで、道幅は広くなるばかりだ。

恐れ怯える人々の視線は昔からだが、最近ではその中に明らかな嫌悪を含むものが増えた。ちくちくと刺さるような視線は、決して気分の良いものではない。


「わしらも嫌われたもんやなァ」

「しゃーないですよアニキ。ヤクなんかさばくようになったんですもん」

「ホンマはやりたないんやけどな、ヤクなんぞ」


自分が若頭を務める溝鼠組は、組長である泥水次郎長の指示によって、この街でクスリを売らねばならなくなった。気は乗らないが、自分を拾ってくれたオジキの為とあらば、手を汚す他ない。


「アニキ、ここのみかじめ料です」


先に回収へ向かわせていた子分の一人が、そこそこの分厚さの封筒を持ってホストクラブから出てきた。


「おう、ご苦労さん」


受け取ろうと手を伸ばした時、突然現れた小さな影が封筒を奪い取った。


「っと、そう上手くいかんで」


そのまま走り去ろうとする所へ軽く足を引っ掛けると、いとも簡単に転んでひっくり返った。


「なにさらしとんじゃ、この泥棒猫がァ!このお方が誰か分かっとんのか!溝鼠の若頭やねんぞ」


子分の一人が首根っこを掴んで引っ張り上げたのは、薄汚れた少女だった。目はすっかり淀んでいるが、輪郭はまだまだ幼い丸みを帯びている。


「アニキ、どないしてやりますか。ちと小綺麗にすりゃマニアに売れるんとちゃいます」

「泥棒猫て…。なんや、きったない子猫やないけ。放したり」

「せやかて、アニキ…」

「放せ言うてんねん、あほんだらが。……嬢ちゃん、ケガないか?って、わしが転ばしたんやけどな」


腰を屈めて目線を合わす。少女は唇を真一文字に結んだまま、ただじっと見つめ返してくる。見れば見るほど、まだ子供でしかない。それにしては、瑞々しい肌が随分と青白いが。


「金に、困っとるんか」


少女の首が、小さく縦に動く。


「家は?」


今度は、横に。


「……名前は、なんちゅうんや」


また、横に。


「ほーかィ」


このかぶき町、孤児なんて掃いて捨てるほどいる。珍しいことではないし、いちいち憐憫の情なんて持っていたらキリがない。

そう、頭では分かっているのに、金まで奪われそうになったのに、何故か放っておきたくはなかった。


「金も家も名もない泥棒猫、黙って野に放しとく訳にもいかへん」


少女を持ち上げ、左の腕に座らせるように抱く。驚くほど軽いが、確かな体温が伝わってくる。


「嬢ちゃん、わしが飼うたるわ。…名は、せやな“たま”にしよ」

「飼うって、アニキ…。しかも、いくらなんでも人間にタマは…」

「アホ、カタカナのタマやないで、王に朱で珠や。まるっこくてつるつるしとるさかい」

「たま…」

「せや、珠や。我ながらええ名前やわ。気に入ったか?」


返事の代わりか、少女、珠はそっと腕を回してしがみつき「たま…」ともう一度、確かめるように呟いた。

小さな子猫を抱えて、夜の街を行く。鼠が猫の世話をするなんて、なかなか酔狂じゃないか。江戸っ子らしくて良い。

それに、汚れるばかり、傷つけるばかりの人生の中で、一度くらい何かを救いたかった。


運命は夜に囁く




2016.06.24 title:空を飛ぶ5つの方法 様


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