※現代設定。教師な佐々木さん。



柔らかいビートバンをお尻の下に敷いてプールサイドに腰かけると、湿った熱風とともに塩素の匂いが鼻腔を満たした。

頭上にある巨大な積乱雲の隙間から覗くのは、くっきりと濃い青。そこから照りつける日差しが、夏休みまでのそれとは明らかに違っていて、皮膚を焦がすように痛い。

容赦のない暑さから少しでも逃れようと、靴下を脱いだ足の先だけ水に浸ける。こんな、ぬるま湯みたいなプールでも思いっきり飛び込んだらさぞかし気持ちが良いだろう。

この暑さの中、プールで騒ぐクラスメイト達を制服のままで眺めるのはなんだか癪だ。

バタ足の練習をする女子が派手に水を飛ばしていって、思わず小さな舌打ちが漏れる。やたらと細かい事にイラつくのは、この忌々しい月の障りのせい。自分で言うことではないけれど、私は普段はもっと穏やかだ。

しばらく全体を眺めていたけれど、まだまだ発育途中の男子達の体にはさほど興味も沸かず、私はプールの正面にある職員室を観察する。

さっきから視界の隅をせかせかと走り回っていたのは、よく見ると大学を卒業したばかりだという新米教師だった。

いかにも忙しそうに走り回る人ほど、実はあまり仕事が出来ない。本当に有能な人は常に余裕を持って行動するものですよ。っていつだったか異三郎が言ってたっけ。

そう言えばここ最近、異三郎と二人きりで会えていない。私には時間が有り余っているけれど、異三郎は終わったばかりの定期試験の採点や成績処理で色々と忙しかったのだ。

そんなことを考えていたら、いつの間にか見慣れたスーツがすぐ側にあった。大好きな匂いが塩素と混じって漂ってくる。

見上げると、だるそうな瞳と目があった。腕を捲り上げた白いシャツが眩しい。


『何してるんですか?佐々木先生』


学校内で周りに人が居るときは、うっかり名前を呼ばないように、敬語を崩さないように、いつも細心の注意を払う。

近くに居たビートバン女子が泳いでいくのを待ってから、異三郎が口を開いた。


「あなたの水着姿でも拝もうと思ったんですが……いだだだだだ。ちょ、やめなさい」


異三郎の足首を思いっきりつねる。高そうなスーツから覗く無防備な素足が、そこだけ妙に色っぽい。プールの入口で脱いだ革靴に丁寧に靴下を詰める異三郎を想像して、にやけそうな口元を引き締める。


「珍しいですね。今日は泳がないんですか」

『ん。入れない』


一瞬きょとんとした顔をしたけれど、いつもより数段テンションの低い私を見て、すぐに察しがついたらしい。


「そうですか……。それでは私とのお楽しみも、しばしお預けですねえ」

『……学校だよ、ここ』

「知っていますよ、そんなこと」


異三郎がさっと辺りを見回し、そっと私の頭を撫でる。気持ちよくて目を細めると、上から微笑む気配が降ってきた。

ちらりと腕時計を見ると、予鈴が鳴る五分前だった。異三郎もそれに気づき、私の頭から手を離す。

温もりがすうっと消えていくのがたまらなく寂しくて、異三郎を見上げる。

すると、カシャンと音をたててボールペンが落ち、かがんだ異三郎のひんやりとした唇が私の頬に触れて、離れた。


「そろそろ戻りますね。……今週末は、久々にドーナツ食べ歩きでもしましょうか」


予定、開けておいてくださいね。と、恐らくわざと落としたボールペンをポケットにしまいながら言う異三郎。

返事も聞かずに去っていくその足首には、くっきりと赤い痕が残っていた。

まるで所有印みたいだ、なんて思いながら、あちこちで上がる水飛沫に目を戻す。




水際の密会





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ずっと書きたかった教師モノ。

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